チューリヒ湖畔
1時間くらいウトウトしたような気がするが、無理な姿勢なので全く休まった感じがしない。このままもう一度目を閉じる気になれず、意味もなくガイドブックをめくったり、昨晩のあまりのワインを舐めたり、スナックをつまんだりしてみる。
何だか顔がベタベタするので顔を洗いにトイレへ行き、ついでに歯をみがく。少しスッキリしたので、軽くストレッチなどしてから再び目をつぶる。
眠れないままに時計を見ると、時刻は午前4時半。そろそろ早出の職員の姿が見え始め、ヒースロー空港は徐々に活動を開始した。仕方がない、起きるとするか・・・。
もしかしたら、駅ホームの椅子の方が寝やすいかもしれないし、もし電車に乗れれば、その椅子の方がさらに望ましい。
一番列車は午前5時30分発。まだ1時間もある。
ホームに向かう途中の扉は閉まっていて、我々と同じことを考えている人達が扉の前に集まっている。じきに扉は開いたが、ホームに停車した電車のドアは閉じたまま。そのくせ、構内は妙にエアコンが効いていて寒い。こんなところに長時間いたら風邪をひいちまう。
ターミナルに戻る途中の自動販売機がある一画が機械の排熱で少し暖かい。そこにしゃがんで暖をとる。こりゃ、切ない・・・。
結局、電車の扉が開いたのは発車の直前だった。
第4ターミナルで預けたスーツケースを受け取り、機内には持ち込めない様なのでほんの少し残っていたワインを飲み干す。早朝ということで保安検査場は空いておりスムーズに通過。余裕を持って機上の人となる。
BA710便は定刻の午前7時10分に離陸。チューリヒ到着は現地時間の午前9時50分。時差が1時間あるので飛行時間は1時間40分。その僅かな飛行時間のうちに睡眠不足を補うべく爆睡。
低く雲の垂れ込めたチューリヒ・クローテン空港に到着。勝手知ったるチューリヒ空港駅でスイスハーフパスとチューリヒ中央駅までの切符を購入。地下ホームから2階建て電車に乗る。
最初は霧雨が混じりどんよりとしていた空も、チューリヒ市街に近付くにつれて、徐々に明るくなってきた。
少し肌寒いチューリヒ駅前。でも、去年の到着時よりは少し暖かいかな?
そして今年は迷うことなく、ハーツレンタカーのオフィスにたどり着く。それでもスーツケースをゴロゴロと引きずりながらなので、15分くらいかかったが。
今回の相棒はずんぐりとしたボディが可愛いフィアット。なぜか、その姿とはアンバランスな6速マニュアルだった。
本日の目的地ムルテン/モラ。
ドイツ語圏とフランス語圏の境目に位置する町で、ガイドブックなどには両言語で表記されている。以後、ここではムルテンに表現を統一する。
さて、チューリヒからムルテンからまでは約150km。高速道路を使えば午後2時頃には着いてしまいそうなので、まずはチューリヒ湖畔に出てみることにする。レンタカーオフィスで手続きをしている間にすっかり天候は回復し、チューリヒ上空にはすがすがしい青空がひろがっていた。
パリで乗った高速観覧車以来、すっかり観覧車好きになった我々。チューリヒ湖畔に立つその姿を見逃すはずはなかった。
セグセロイテン広場と名前のついた空き地の端にそいつは立っていた。
何かのイベントの準備中らしく、1台のトラックの周りに数人の逞しい男達がいて、20台ほどの簡易公衆トイレの荷下ろし作業をしている。目の前にそびえる観覧車は、それが移動式とは思えない大きなもの。
さっきまで曇り空だったせいか、人が乗っているゴンドラはいくつもない。5分と待たずに乗ることが出来た。
チューリヒ湖は目の前。数え切れないほどのヨットが停泊している。そこから右手に視線を移すとケー橋。そしてリマト川。両岸は美しい建物が並ぶ旧市街。教会の塔がいくつも見えている。
観覧車を降りたらチューリヒ湖畔の遊歩道に出てみる。天気は快晴で湖畔は太陽であふれている。湖畔を渡る風が心地よい。
木陰や湖畔のベンチで思い思いにくつろぐ人々。それを見ながら歩くだけでとても楽しい気分になる。
湖にはたくさんの白鳥やカモがいて、餌を求めて近寄ってくる。我々が食べ物を持っていないと分かるや、スス~と去っていく現金な奴らだ。
ケー橋の上に出る。ゴトゴトと音をたてて、白と青に塗り分けられたトラムがひっきりなしに通り過ぎていく。
リマト川に突き出した華やかなテラスは、ランチを摂る人々で満員になっている。
その下流に見えるのはアーチ橋がミュンスター橋。ひときわ高く尖っているのはフラウミュンスター(聖母聖堂)。その奥には聖ペーター教会。夜のチューリヒを歩いた昨年の夏を思い出しながら眺める。
ムルテンの町
リマト川と何度か交差しながら高速1号線を西進。途中に大きな町はなく、ゆるやかなカーブを描きながら丘陵地帯を抜けていく。
進路が南西に変わると、広々とした田園地帯に突入。スイスといえばアルプスのイメージが強いが、このあたりでは低い山が遠くに見えるだけ。走れど走れど景色は変わらない。どことなく、スイスというよりは北海道の十勝平野の様だ。
スイス連邦の首都ベルンを過ぎたら、15分ほどで高速を降りてなだらかな丘陵地帯へ。看板を頼りにムルテン湖畔に向かう。
目の前に城門(ベルン門)が現れる。これをくぐってムルテン城内へ。道の両側は石造りの「ラウベン」と呼ばれるアーケードになっていて、日陰のカフェは人々で賑わっている。
今夜の宿は、このムルテンの城壁内にあるので、車を止めるスペースを探しながら走る。しかし、路肩のパーキングスペースは満員。あれよあれよという間に、反対側の門から城壁の外へ出てしまった。ムルテンの旧市街は直径300mくらしかないのだ。
城内は一方通行なので、街の外側をぐるっと大回りしたのち、城門の周辺に駐車場を探す。しかし、バカンスシーズンの湖畔のリゾートにそうそう空きスペースがあるはずもない。
散々グルグルとした末に、ベルン門手前を湖畔へと下る坂道の途中のコインパーキングに空きを発見。
慣れない左ハンドル車で、しかもマニュアルで坂道バックの縦列駐車は超緊張。当たり前だが前後には外車。かならずしも高級外車という訳ではないが、「外車→高い→ぶつけちゃいけない」という計算式が体に染みついている。
本日の宿は「ホテル・アドラー」。ベルン門からハウプト通りに入ったすぐ右側にある。
1階はレストランとバーになっており、賑やかなBGMが聞こえてくる。レストランの奥の一角にあったレセプションでチェックイン。対応してくれた若い女性はドイツ語。
我々はドイツ語は理解不能なので「英語でお願い」すると、意外なことにあまり得意ではないらしい。観光地のスイス人は、ドイツ語圏でもフランス語圏でも英語を話す印象だったのだが、彼女は違ったようだ。
ともあれ、カタコト英語であればあるほど、我々には理解しやすい。説明のポイントとしては、朝食はこのレストランではなく、2~3軒隣りのカフェで・・・とのことだった。
中世そのままのアドラーの建物。スーツケース2個と人間2名が乗るのにはかなり苦労する小さなエレベータで3階へ。このエレベーターもレトロで、廊下側の扉が開き戸になっているのもそうだが、ゴンドラ内側の扉がない。
部屋は小さいながらも可愛らしく、農具あしらった照明などが置かれている。窓からは赤茶色の屋根の向こうにわずかながらムルテン湖が見える。
シャワーを浴びて一休みしたら町へ出る。ムルテンの町は、おおざっぱに言うと北東から南西に向けて縦長の「田」の字型に道が通っていて、左側の辺を湖に接している。
通りは湖に近いほうからラザウス通り、ハウプト通り。湖から一番遠い通りは、一区画行くごとに違う名前がついている。
ベルン門はハウプト通りの東端。そこから南へすぐのところから城壁に登ることが出来る。湖畔側を除いて街をグルリと城壁が取り巻いている。石積みの壁で、屋根は瓦。その下が木で出来た回廊になっている。
頑丈というより、むしろ城壁としては華奢な感じさえするが、弓矢や刀が中心の中世の戦いならばこれで充分だったのだろう。
可愛らしい赤茶色の屋根が連なる小さな街の様子を眺めながら歩く。城内の建物は今いる回廊の目線より高い建物はなく、だいたい4階建てくらい。高く見えるのは城壁のところどころにある塔で、辺りを見回したり、下に降りれたりするようになっている。
街の向こうにはムルテン湖。さらにその対岸にあるヴリー村の小高い丘も見える。城壁の外側は銃眼の間から覗くようにして見る。こちら側は丘陵地帯で、牧草地やブドウ畑の合間に小さな家々が散らばっている。
回廊は南西の端にある塔のところで行き止まり。ひとつ戻った塔から街に降りる。
近くに小さな城門があって、表と繋がっている。小さな広場の周囲には花で彩られた民家があり、小さな噴水があり、ツーリング途中の数人のグループが水を飲んでいる。
時刻は午後5時近いが陽射しは強く、暑い。我々も空になったペットボトルに水を汲む。スイスは水も美味しい。
突如、歓声をあげつつ民家の間から子供達が走り出てきた。中世の兵士よろしく、みんな手におもちゃの刀や盾や弓を持ち、小さな広場で激しい戦闘を繰り広げる。弓矢に至っては、先っぽにでかいクッションこそ付いているものの、ちゃんと飛ぶし、至近距離からとはいえ、しっかり命中している。
やがて、歓声をあげたまま、小さな城門をくぐって城内になだれ込んでいく小さな兵士達。中世の街に住む子供達は遊び方も違う。
再び、城壁のなかへ。城壁沿いは道も狭く、建物にも生活の匂いがする。自転車やバイクが立て掛けてあり、勝手口には掃除用具などが見えている。一見、高級リゾートのように見えながら日常の風景もそこにあるムルテン。
「コンニチハ」
可愛い声が聞こえた。声の方を振り向くと、5才くらいの女の子が勝手口からこちらをのぞいていた。
町の規模にしては意外に幅の広いハウプト通りにでると、西日があたるので暑い。通りを横切って街の西端にあるお城へ。城といっても小さなものだが、中庭のようなテラスからはムルテン湖が見下ろせる。城を出て、小さなホテルが並ぶラザウス通りを東に。歩く人の姿は多いが賑やかな感じはなく、落ち着いたリゾート村の雰囲気。
喉が渇いたのでベルン門の噴水の脇にあるカフェに立ち寄る。道の反対側の店はどこも混雑しているが、こちら側はまだ日が入るので閑散としている。それでも、パラソルの僅かな日蔭になる席を選べばだいぶ涼しい。
ビールと添えられたナッツを平らげたら、ベルン門を出てムルテン湖畔へと向かう坂道を下りる。
湖畔は遊歩道と公園になっていて、小さなフェリー埠頭とヨットハーバーがある。対岸までは3kmほどで、湖畔の村とその背後の小高い山が見える。
だいぶ日が傾いて来たが、湖面の反射でむしろ暑い。
湖畔にベンチが並んでいるが、日影にあるのは全て埋まっている。日なたにあるのはことごとく空いている。試しに腰掛けてみるが、とてもじゃないが暑くて座ってられない。
売店で缶ビールを買い、湖は見えないが日影になったベンチを見つけ、ロンドンから持ってきたビネガー味のチップスをつまみながら、しばらくボーッして過ごす。
ビールを飲み干したら、一旦、部屋に戻り軽く昼寝・・・と言っても午後6時を回っているので、もう充分に夕方だが。
昨日もおとといも睡眠不足だったこともあるが、3回目のスイスとあって精神的には余裕もあり、逆に年々体力は減退しており、無理はしないことにする。2日ぶりの人間らしい寝床・・・ありがたや、ありがたや。
2時間ほどの昼寝で頭も体もスッキリ。
窓の外に見える屋根に夕日が当たっている。時刻は午後9時前、夕食を求めて表にでる。
アドラーとその両隣のレストランはなかなかの混雑。バーはまだこの時間なので混雑はそれほどでもないが、どうしてもフードメニューは限られる。
他の店が無いものか?
・・・と、ハウプト通りのアーケードを歩く。おしゃれでセンスの良いショーウインドーが並ぶ。賑わっているのはベルン門近くのレストランがある一角だけで、少し離れると人の姿はまばら。
ハウプト通りと十字に交わる通りを右に曲がったところに、中華料理店とイタリアンレストランがあった。ここは昼の散歩中にも目をつけていた一角。
通りから一段あがったイタリアンレストランのテラス席に陣取る。
日本を出発して以来、まともな食事は久しぶり。ビールとワインに、サラダやパスタなどありきたりを一通りオーダー。スイスのパスタはハーブとオリーブオイルたっぷりで旨い。
やはり睡眠不足なのか?アルコール量が増えてくると、照明の暗さも手伝ってたちまち睡魔に襲われる。最初は、食後にアドラーのバーで一杯・・・などと目論んでいたがその気力は喪失。
予定は変更。ほんの少し遠回りして、夜のムルテンを散歩する。ハウプト通りを歩いてお城の方へ。
切妻屋根の壁に描かれたムルテンホフの日時計や市庁舎前のライトアップされた噴水などを眺めならが、夜のムルテンをゆっくりと歩く。
さりとて、直径300mほどしかないムルテン。たちまちホテルに到着。レストランは少し空いてきた感じだが、一方でバーは混雑している。眠くてバーに立ち寄る元気は無し。午後11時就寝。