湖畔の朝
窓から見えるムルテン湖は、まだ何となく朝もやがかかって対岸は霞んでいる。
8月13日月曜日。天候は晴れ。朝食の前に、閑散としたハウプト通りの真ん中を歩いて城外の坂道に止めてある車へ。朝のムルテン湖畔ドライブと洒落込むことにする。
ムルテンの背後の丘に向かう。まずは丘のてっぺんを目指して、牧草地になっていて私道か公道か分からない細い道をあてずっぽうに行く。しかし、行き止まりにはなるは、民家の庭先に出るは、揚句は犬に吠えられまくるはで、やむなく退散。
丘の中腹を巻く2車線道路の途中に車を止め、道路脇の胸の高さほどあるコンクリート壁によじ登ってムルテンの町を見下ろす。
斜面の向こうに赤茶色の屋根がひとかたまりなっている中世そのままの小さな城塞都市。そこでの一泊は貴重な体験となった。
丘の上から微かにカウベルが聞こえ、近くの木々や牧草が風にザワザワと音をたてている。
ムルテン湖の対岸にはムティエという小さな村があり、背後には今いるこちら側より高そうな丘がある。
馬鹿と煙はなんとやら・・・次はあそこを目指す。
丘を下り、踏み切りを渡り、見え隠れするムルテン湖を左手にしながら広々とした田園地帯を横切り、川を越え、ムティエの村に入ったらすぐに右折して、雑木林のなかの細い山道に入る。今度は牧草地帯に突入することも、犬に吠えられることもなく、目指す山頂の展望台にでた。
牧草地を開いた駐車場には2台のキャンピングカー。1台はまだ人が起きた気配はない。もう1台は微かに人が動く気配がして、車の傍らにいる黒い犬がむっくりと起き上がって静かにこちらを見つめている。
朝の新鮮な空気をいっぱいに吸い込む。やわらかな光のなか、ムルテン湖はまだ眠っているようだ。等間隔に並んだベンチはうっすらと朝露に濡れ、すぐ先からのなだらかな斜面の牧草地には牛達の姿はなく、カウベルも聞こえない。
林を挟んで麓に近い牧草地に並んだロールが長い影を落としている。対岸のムルテンの町の場所はもやが抜けきっていないのと若干逆光なせいもあって「あのあたりがそうかな?」くらいしか分からない。
さっきの犬がいたキャンピングカーのところまで戻ると、ひげ面にオーバーオールの初老の男性が椅子にもたれて煙草をくゆらせていた。テーブルの上ではマグカップが湯気をあげ、かすかにコーヒーの香りが漂ってくる。なんとも絵になる。
再びムルテンの町。
月曜日ということもあるのだろうが、この時間まだ観光客の姿はまばら。アドラー前の路上パーキングにも空きがたくさんあるのでここに止める。石だたみの道でスーツケースの運搬は大変なので、車が近いのは助かる。
朝食会場は、アドラーから4~5軒ほど隔てたところにあるカフェで。ホテルの宿泊者以外にも客がいるらしく席は半分ほど埋まっている。
食券を渡すと、コーヒー、パン、バター、ジャム、ハム、サラミ、チーズが運ばれて来る。ミルクたっぷりのコーヒーが美味しい。
カフェはガラス扉一枚を隔てて隣のケーキ屋さんとつながっていて、そちらはまだ開店準備中。先ほどから若い女性がガラスケースや壁面の鏡を丹念に磨いている。
ベルン散策
ゆっくりと時間をかけて朝食を摂ったら、部屋に戻って荷物をまとめる。まだ営業時間前の薄暗いレストランの一角にあるレセプションでチェックアウト。表に出ると、夏の陽射しに目がくらむ。
今日の最終目的地は、ユングフラウ地方の小さな村ミューレン。まずは、その途中でベルンに立ち寄ることにする。ベルンまでは約30kmほど。高速を使えば30分ほどで着くだろう。
旧市街全体が世界遺産に登録されたベルン。東西に細長い街は南北と東をアーレ川に囲まれ、3方それぞれに街へ繋がる橋が架かっている。
南に架かるキルヒェンフェルト橋の手前にある地下駐車場に車を止め、地上へ。湿度が低いので助かるが、そのぶん陽射しは強烈。日焼け止めを塗りながら橋を渡る。ゴトゴトと赤いトラムが脇を抜けて行く。
身を乗り出して渓谷の様なアーレ川を覗き込む。ミルキーグリーンの流れは早い。落ちたら絶対に助からんな。
正面左に見えるひと際高いのが100mもある大聖堂。残念ながら上の方は工事の足場が組まれている。
ん?何かがおかしいと感じてカバンから地図を出し、景色と見比べる。
なんと!今いるのは南の橋ではなく、真逆の北側のコルンハウス橋にいるらしい。一体然態どこで間違えたのやら?
体がカーナビ生活に慣れ切ってしまい、すっかり鈍った野性の勘。限りなく真上に近いものの、確かに太陽は正面から当たっているから、南に向かっている訳だ。やはり文明の利器に頼りすぎてはいけない。
橋を渡って旧市街へ。
まず、出迎えてくれるのは「食人鬼の噴水」。悪魔がガブリと頭から子供を食べているという、よく考えればずいぶんと趣味の悪いテーマの噴水。
手にも子供をつかんでいる。
どうやら、子供達に水の恐ろしさを伝えるものらしい。旧市街にはこんな噴水がいくつもあり、通りにアクセントを与えている。
ベルンのシンボル時計塔を背中にしてマルクト通りを西へ。
旧市街の真ん中を東西に貫くメインストリートの牢獄搭と時計塔の間がマルクト通り。西側につながる牢獄搭とベルン駅の間がシュピタル通り。時計塔から先の東側がクラム通りと呼ばれている。
立ち並ぶ様々な店のショーウインドーをのぞきながら歩く。
トラムが走る通りの真ん中は日が当たって暑いが、「ラウベン」と呼ばれる石造りのアーケードの下は涼しげな風が抜けていく。
世界遺産に登録されたベルン旧市街は魅力的な街だ。
スイス連邦の首都でありながら人口わずか13万人ほど。車は街の中心部には入って来れないようになっている。
街歩きにちょうど良い広さの旧市街は「これがたった人口13万人の街なの?」と思わせる賑わい。様々なショップが立ち並らぶ通りは、トラムの架線や線路、旗、噴水などがアクセントになって、上品な華やかさと活気に包まれている。そこを行き来する人々を見ているだけで楽しい。
途中にあった大きなスイスみやげの店「ハイマートヴェルク」等をのぞいたあと、牢獄搭をくぐってベーレン広場に出る。
牢獄搭の周りは何やら工事をしていて地面が掘り返され、トラムの線路が途切れている。どうもトラムが走ってこないな?と思ったら、このせいだったのか。
レーベン広場にはマーケットやカフェのパラソルが立ち並んで賑やか。噴水の脇には、2年前にここで春巻きを食べたときのと同じ屋台があった。屋台のなかで鍋を振るアジア人男性は、2年前に居た女性の旦那さんかも知れない。
広場の南側には国会議事堂。2年前と異なり建物は工事中でスッポリとネットに覆われているが、議事堂前の噴水は健在。
2年前と同様、全身ずぶ濡れになって跳び回っている子供達の姿が見える。それを横目にマルクト通りのひとつ南側のアムサウス通りへ。ベルン中央駅の方向へ進む。
石だたみの地面を掘り返してベルン駅は大工事中。
ドドドッ・・・ ドドドッ・・・
と大きな音のする脇を抜け、シュピタル通りに出て、一軒の化粧品店へ。明日からの山歩きに向けてスキンケア用品でも買ってみようという算段。
天然化粧品の店「イブ・ロシェ」は、いろいろ旅の参考にさせて貰っている、とあるホームページに出ていたお店。間口は2間ほどの細長い店内。店を切り盛りするのは金髪の女性ひとり。アジア人の来店が珍しいこともあるのだろうが、すぐさま寄ってきてくれ、我々のレベルに合わせた簡単英語で丁寧に接客してくれる。
「ハンド?フェイス?ボディ?」
「クリーム?ミルク?ローション?」
「オイリー?ドライ?」
化粧水、ミルク、ハンドソープ等を買う。会計の時に、お店のことが載っていたページのコピーを見せると大層喜んでくれて、小さなパウチのサンプルをどっさりくれた。
お客のおばあさんがこちらに指を立てて見せる。我ながら姑息なゴマスリだとも思うが、これらは山歩きの際に大いに役立った。
シュピタル通りのひとつ北側にあるノイエン通りを東へ。
ラウベンの無い狭い通りにはカフェやファーストフード店などが並んでいる。すぐに、再びベーレン広場に出る。道幅一杯にパラソルが並んで、ランチを楽しむ人々で華やかな雰囲気。花が飾られた2階のテラスは羨ましい。
牢獄塔をくぐってマルクト通りを進み、さらに時計塔を南へ。左手に時計塔とカジノを見ながら、街の南側に架かるキルヒェンフェルト橋に至る。
橋の中ほどまで進んで、ベルンの旧市街を振り返る。橋の上に夏の陽射し遮るものはなく、暑い。
ミルキーグリーンに輝くアーレ川の流れは速く、かなり冷たそう。川辺には赤茶色の屋根をした家々。そかこら屹立する灰色の砂岩の壁は、大聖堂前の広場にある見晴らし台。ひときわ高い大聖堂が、びっしりと並ぶ赤茶色の屋根を見下ろしている。
我々もあの塔の上からベルンの街を見下ろそう。
橋を戻り、ミュンスター通りを経て大聖堂を見上げる広場に出る。しかし、塔の上の方が工事中のためか中に入ることは出来なかった。
気を取り直して・・・と言うよりは、このタイミングを逃さずにカフェタイムにする。
さっき、キルヒェンフェルト橋の上から周囲を眺めた時に、アーレ川を見下ろす見晴台の広場がカフェになっているのを発見していた。大聖堂のすぐ近くにある見晴台の広場に向かい、眺めの良いテラスの端っこの席を選ぶ。
ビールとハムを挟んだベーグルをオーダー。
見晴台の下を流れるアーレ川や赤茶色の屋根、その周囲の緑、先ほどいたキルヒェンフェルト橋を行くトラムなどを眺めつつ、乾き切った喉にビールを流し込む。
いや~、これに勝る幸せはない。
とりあえず乾きも空腹も満たされたので、のんびりと椅子に座って夏のひとときを過ごす。
クラム通り。ここは、2年前に来たときは車道は全面工事中だったが、今やすっかり工事は終了して美しい街並みが取り戻されていた。
マルクト通りと比べると賑わいはないが、ラウベンの内側や、地下へ続く蓋つき階段の奥には個性的なショップが並んでいる。なかの一軒のみやげ物店に立ち寄る。ここでスイス軍モデルの腕時計を買う。
珍しいことだ。普段はおみやげと言ったら飲み物か食べ物ばかりであまり高いものは買わないのだが。
もっとも、「高い」と言ったがこの時計、2個で3万円ちょっとしかしない。
鎖の調整をして貰っていないので、ゆるくて手首をグルグルする安物の腕時計だが、小さくスイス国旗があしらわれた文字盤を眺めていると、何とも楽しい気分になる。
ご機嫌のまま、クラム通りを時計塔に向って歩く。
2年前は発見できなかったアインシュタインの家も、今回はあっさりと発見。でも、入場に3スイスフランもするうえ、相対性理論については全く造詣のない我々なので、ここはスルー。
またまた、マルクト通りへ。これから3日間は山に入るし、その後はドイツへ移動するので、スイスみやげを買うなら今のうち。実家や職場へのみやげも含めてある程度はここで押さえておかねばなるまい。
ベルンは小さな街ながら、ありとあらゆる店がひしめいているので買い物には全く困らない。そういえば、2年前はベルンで旅行カバンを買ったんだっけ。
ここまでの街歩きの間に目を付けていた何軒かのみやげ物店を巡り、2008年スイスカレンダー、絵葉書、チョコレートなどを購入。さらに近くにあった文具店へ。
少し前から色鉛筆の絵画教室に通っているあこは、ここで色鉛筆を買う。私には全く知識はないが、結構いろいろ種類があるらしい。マッターホルンが描かれたケースに入った色鉛筆は、使わなくてもちょっと持っておきたい一品ではある。
そして、またまたレーベン広場。
旅行中どうしても不足がちになるビタミンを補うべく何か果物を買うことにする・・・というのは建前で、実のところは単にこうゆうマーケットで買い物をしてみたかっただけというのが正解。
オレンジ、レモン、ブドウ、プラムなどが並べられた屋台。その中から、保存も利いて皮を剥かなくても食べれると言う理由でリンゴにする。小さめながら、値札を見ると「2スイスフラン」。
1個で200円?いくら物価高のスイスとは言え、こりゃまたずいぶんと高い。
よく見るとこれは勘違い。
1kgで2スイスフランだった。逆に、こりゃまたずいぶんと安い。小さめのやつを3つばかり選び、店主のおじさんに渡す。秤が示す価格は60サンチームほどだった。
外国のコインは判りづらい。財布のなかの小銭を探るものの、なかなか目指す金額にならない。小銭たちと10数秒ほど格闘しまものの、あきらめて手の平に小銭を広げ、そこから店主のおじさんに金額分を取って貰うことにした。
約3時間でひと通り街を散策し、買い物も終了。時刻は午後2時を回っている。
そろそろミューレンに向けて移動しよう。最後に国会議事堂前の噴水に立ち寄る。歓声をあげ、ずぶ濡れになって走り回る子供達はいつまで見ていても飽きない。
ミューレンの夕暮れ
雲が増えてきたトゥーン湖畔を走り、インターラーケンの手前で右に折れ、谷間を進む。両側に聳える断崖の間に頂を雲の中に隠した白い山が見える。
ユングフラウだ。
やがてその姿が見えなくなり、グリンデルワルトとの分岐を過ぎるとラウターブルンネンに入る。去年は工事中で運休していたグリュッチュアルプとを結ぶケーブルカーは、新しいロープウェイに替わっていた。
ラウターブルンネンの集落を過ぎ、谷底ののどかな牧草地を走ること10分足らずで谷のどん詰まりにあるシュテッヒェルベルクに到着。車を置いてロープウェイに乗り換える。
明日の予定は決まってないが、2日後には必ずここに戻って来るので往復切符を買う。有効期限は1週間。
落差500mのミューレンバッハを見ながらロープウェイは10軒足らずが軒を連ねる小さな村ギンメルワルトへ。さらにギンメルワルトでロープウェイを乗り継いでミューレンに登っていく。
今夜の宿は、去年と同じホテル「ブルメンタル」。建物の雰囲気も良く、オーナー夫婦も明るく親切。料理もおいしい。
それに、なんと言っても前回一緒に写真も撮ったレストランのミスター。我々の事を覚えているかな?今回は彼の正体を見極めねばなるまい。もっとも、本当にパートだったら、果たして今回も居るかどうか定かでないが。
ゴロゴロとスーツケースを押しながら、静かなミューレンのメインストリートを行く。
麓のシュテッフェルベルクのロープウェイ乗り場からミューレンの宿泊先まで荷物を運んでくれるサービスがある・・・とガイドブックのどこかに載っていた気がするが、我々の英会話能力ではチト厳しい。
ブルメンタルが見えてきた。
表には立ち話している男性がふたり。そのうちのひとりは間違いなくあのミスターだ。懐かしいそのハゲ頭。我々はホテルの前に立ち止まる。こちらに気付いたミスターが問う。
「ブルメンタール?」
イエスと言うと、ミスターは懐かしいそのナイスな笑顔で迎え入れてくれた。が、我々のことは覚えていないようだった。いいさ、覚悟しておくんだなミスター。こっちにはまだ奥の手があるのだ。わははっ!
レセプションにはこの宿の奥さんのハイジさん。
予約の際のメールのやりとりでは、去年の部屋とは違う新築のシャレーを用意してくれるとのことだった。
ハイジさんに連れられ本館の中2階から裏庭に出ると、そこに真新しい三角屋根の建物があった。廊下を進み2階の部屋へ。新鮮な木の香が漂っている。
バルコニーからは左手にアイガーも見えている。新し過ぎるせいか、アンテナと電源の差し込みはあっても肝心のテレビがない。静かなミューレンにテレビは野暮とも言えるが、朝の7時からやっている山の天気情報だけはあった方がいい。
シャレーから道をひとつ挟んだ向こうがアルメントフーベル行きのケーブルカー乗り場だが、終電は午後5時半なので、もう間に合わない。
そこで近場を散策。村のメインストリートからひとつ山側の道を歩く。シャレーの隣はスイスみやげと簡単なトレッキン用品を扱う店。向かいにある時計屋は閉まっている。明日になったらベルンで買った腕時計のチェーンの長さを調整して貰おう。並びには小さなチーズ屋さん。この時間、既にここも閉まっている。
少しロープウェイ乗り場に近寄った辺りから「パノラマトレイル」の看板に従って坂を登る。集落を抜けると、坂はめちゃくちゃきつくなる。これは予想外。
普通はアルメントフーベルから下って来るのだろう。
坂の上から歩く速さくらい慎重にジープが下りてきた。車輌侵入禁止のミューレンでも、一部に例外措置もあるのだろう。ドライバーは作業服。荷台には土木作業の道具を積んでいる。
高くなるにつれ、ミューレンの村の前に立ちはだかっていたシュバルツメンヒの上からユングフラウの顔が見えてきた。
トラバースする脇道が現れたので、そちらへ進む。これなら徐々にベルナー3山が正面に移動してくるし、このまま坂を登って行ったらアルメントフーベルまで行ってしまいそうだ。
ミューレンの村を見下ろしながチラホラと小さな花が咲く草地の斜面を横に移動する。日が影ってひんやりとした空気があたりを包む。
どういう訳か体長10cm近くもあるナメクジがたくさんいる。色は黒い。ヤツラを踏ん付けないように足元に気をつかいつつ、夕日のあたるベルナー3山を眺めながら歩く。
ケーブルカーの線路をくぐり、やがて緩やかなつづら折りを下る。斜面には、大きな熊手のような道具で牧草を集める農夫の姿。
BLM(ラウターブルンネン・ミューレン山岳鉄道)のミューレン駅のそばに下りてきた。少し大きめのホテルが何軒かあるが、あたりはシーンと静まりかえっている。
村のメインストリートを通ってシャレーに戻る。歩く人はまばら。通り沿いのレストランもガラーンとしている。ブルメンタルの向かいにあるCOOPに立ち寄り、ワインやパン、菓子を買い部屋に戻る。
それから10分もしないうちに、突如、雨が降り始めた。だんだんと激しくなっていく。
サプライズ
午後8時過ぎ、ザーザーと雨が降る中庭を早足で横切ってレストランへ。なかにひと組日本人の中高年夫婦も見える。ミスターの案内で席に着く。
去年の様子から想像していたよりも盛況で、既に5~6組が陣取っている。去年はラウターブルンネンとグリュッチュアルプを結ぶBLMのケーブルカーが運休していたが、今年はそこに新しくロープウェイが出来たので、アクセスが改善されたのが理由かもしれない。
とりあえずビールをオーダーし、続いてドイツ語と英語で書かれたメニューの解読に挑む。苦労の末、サーモンのクリーム煮やチキンのステーキ、サラダ等をオーダー。
美味しい料理を一通り食べ終えたのち、近くに座っていた日本人夫婦と軽く情報交換などしながらワインを舐める。彼らはブルメンタルの宿泊者では無く、BLMのミューレン駅周辺のホテルらしい。
時計が午後10時を指す頃、その夫婦も席を立ち、気が付くと店内は我々ともう一組だけになっていた。テーブルの皿を片付けるミスター。そんな彼を呼びとめ、我々の秘密兵器である封筒を渡す。
「あなたにプレゼントがあります。すぐに開けて下さい」
笑顔を絶やさないミスターも、一瞬、「おや?」という表情をして封筒を受け取りそのまま厨房の方へ下がって行った。私の席からだと背中側だし、そのうえ壁があって無理だが、あこの席からだとミスターの様子が見えるらしい。どう?
「開けてる開けてる・・・」
直後にミスターの歓声が聞こえた。ミスターに渡した封筒の中身は、去年、表のテーブル席でミスターとあこが一緒に撮ったこの写真。
ミスターが我々を覚えていようが無かろうが、食事の時に渡してあげよう・・・と用意していたのだ。あこの実況によると、ミスターは写真を宿のオーナーのラルフさん(ハイジさんの旦那さん)にも見せ、ワイワイやっているらしい。
やがて、両手を大きく広げながらミスターが戻ってきた。
「サプライズ!サプライズ!」
こぼれんばかりの満面の笑顔。いや~、外人サンにこんなに喜んで貰ったのは生まれて初めてだよ。作戦は大成功!よかったよかった。せっかくなので、今回も1枚ツーショットを押さえておく。やがてラルフさんもやってきた。
「あなた達は去年もブルメンタルに泊まった。外のテーブルで食事した。ありがとう。」
みたいなことを言っているが、恐らく顔を覚えていた訳じゃなく、写真を見たからだろう。だからして去年、「チーフはどこですか?」と聞いたときに怪訝な顔をされてしまったことなどは到底覚えておるまい。なんだか気分がいいので、最後に白のグラスワインをもう1杯ずつオーダー。そして、ミスターに「何か白ワインにあう食べ物がないか?」と尋ねる。
「オフコース!それはチーズです」
数分後、皿が見えないくらいに盛られた数種類のチーズが出てきた。こりゃすげー。グラスワイン1杯で到底食べ切れる量ではないが、あまりの美味しさにホイホイと口に運ぶ。どうやら、裏にあるチーズ屋のものらしい。あの店は要チェックだな。最後にもうひとつミスターに質問。果たしてミスターは明日もここに居るのか?
明日は休みとのこと。やっぱりパートタイムワーカーなのかな?
結局チーズは食べきれず、残りは紙ナプキンに包んで部屋に持ち帰ることとした。