プロローグ
ちょっと心の澱を流さなければならんな・・・と感じ始めたのはいつ頃だったろうか?
2010年4月、長年慣れ親しんだ子会社から本社への異動。同年7月、旅先のモスクワで父が急逝。そして、言わずもがなの東日本大震災。
ストレスには強い方のつもりだったが、何だか冴えない気分の毎日。そこで、上司に無理を言って長期休暇を貰い、シルバーウィークのスイス行きを決めたのだった。
母親も誘ったのだが、やはり「まだ、そんな気分じゃない」とのこと。ま、そうだよな。父の死も大震災もいろいろと思いはあるが、湿っぽくなるし、それを表現する文章力も無いので割愛・・・。
そんな訳で、場面は一気に出国当日に飛び、成田空港行きの京成電車のなか。
稲刈りを7割方終えた田園地帯を、電車は滑る様に進んで行く。
シルバーウィーク初日とあって、車内はスーツケース姿が多く、座る場所が無い。私のスーツケースは、これまでの海外旅行でも携行していた父親のもの。これも今や形見となってしまった訳だ。
あこが携行するのは、昨年7月、父親の遺体と母親を迎えに急遽モスクワ行きが決まった際、旅行代理店のCL社さんのご好意で安く譲って貰ったもの。荷物ひとつとっても何だかセンチメンタルな気分になる。
成田空港第1ターミナル北ウイング。チェックインを済ませたら、両替所へ向かう。
近年では稀な円高でユーロの交換レートは約112円、スイスフランは約91円。クレジットカードの方が良いレートみたいなので最低限にユーロを2万円、スイスフランを5万円ほど両替する。
今回の旅は、節約出来る所はなるべく節約するのがテーマのひとつ。
そもそも今回の欧州行き航空券は、貯まったスターアライアンスのマイルなのだ。なるべく経費を抑えて、その分を「ここぞ」と言うところにドン!と投下するつもりでいる。
まずは、ルフトハンザドイツ航空LH715便でミュンヘンに向かう。ミュンヘンで乗り継いでバーゼルまでが往路。復路はジュネーブからフランクフルト経由で帰国する。
機内食のソーセージ、ブラウンソースのかかったザワークラウトとハッシュポテトは美味い。塩・コショウが付いていないのも、味への自信かも。ビールも美味い。うむ、ゼアグート!
「これはドイツではスタンダードなビールよ」
とはドイツ人キャビンアテンダント。でも、案外と地味なパッケージだし、見たこと無いな。
もっとも、ビールの選択肢はこの1種類。世界中を飛び回るルフトハンザ機内でこのビールだけが飲まれているなら、それだけで結構な消費量になるだろうから、そういう意味では間違いなくドイツのスタンダードビールに違いない。
雷雨のオクトーバーフェスト
現地時間の2011年9月17日午後5時半過ぎ、ほぼ定刻通りミュンヘン空港着。出国前の天気予報には、傘に稲妻が付いていたのだが、いまのところは曇り空。少し好転したらしい。
あこのスーツケースをサービスセンターに預ける。今夜の宿はミュンヘン中央駅から10分ほど歩くし、路面電車が縦横に走り、石畳で人通りも多い。しかも、雨の可能性も高い。そんな状況下でスーツケース2個を引きずって歩くのは困難と判断したのだ。
ミュンヘン中央駅行きのルフトハンザ・バスに乗る。この逆ルートは4年前に乗ったことがあるので、安心だし時間も正確。向かい合わせのサロンシートに腰掛け、車窓を流れるドイツの平原を眺める。いつの間にか、あこは寝ている。時どきフロントガラスに小雨があたる。
所要時間45分でミュンヘン中央駅北口に到着。
雨は降っていないものの、低い雲が立ち込めた空は暗く少し肌寒いが、駅の軒先には、とんがり帽子や民族衣装の酔った人達がワイワイとたむろしていて賑やか。恐らく、昼間はパレード等の催し物があったに違いない。
今日9月17日はオクトーバー・フェストの初日なのだ。普通ならミュンヘンからそのままバーゼル行きに乗り継ぐところなのだが、オクトーバー・フェストだと知ってしまったら放って置く手は無い。バーゼルへの移動は翌日にして、一晩だけでもオクトーバー・フェストを楽しもうという目論見なのだ。
見覚えのある駅前を抜けて、通りを南へ。次の大きな交差点にあるホテル・ダハイムが今夜の宿。
4年前のミュンヘンの宿オイロペシャーホフは値段の割に大きな部屋で喜んだ訳だが、今回のダハイムは街中の安宿と言った風情。狭い廊下を進み、狭いエレベーターで2階に上がり、狭い部屋へ。
予約サイトに「病室みたい」とのレビューがあったが、まさにその通り。不潔ではないが、殺風景な部屋に白いシーツ、白い掛け布団のシングルベッドが左右の壁際に置かれている。小さなデスクと小さなテレビ。トイレにシャワールーム。これで200ユーロはあんまりだが、オクトーバー・フェスト価格なら仕方あるまい。
その代わり立地は良い。駅までは北に徒歩10分足らず、旧市街は北東に10分。そして、オクトーバー・フェストのメイン会場「テレージエンヴィーゼ」までは、西に15分ほど。どうせ、ビール飲んで一晩寝るだけだからこれで十分だろう。
シャワーを浴びているうちに、外は雨になっていた。むむ・・・これは折りたたみ傘を持って行かねば。
しかし、表に出たとたん雨は本降りに。そして、空を稲光が走る。ありゃりゃ、天気予報があたったのね。会場では、それぞれのビール会社の大きなホールがあるらしいので、そこに入ってしまえば雨は関係ない。ザーザー降りの下、背中を丸めて通りを西に進む。
が、会場方向へ向かって歩くのは我々くらいで、続々と戻って来る人の波。時刻は午後9時を過ぎたばかりだから、まだ会場は閉まっていないはずなのだが・・・。
通りを左に折れて会場の灯りが見えたと思ったら、雨はバケツをひっくり返した様なドシャ降りに。
小さな折りたたみ傘ではとても支えきれないので、木立の下に避難。でも、気休め程度にしか雨を防いでくれない。
酔った人達が入れ替わり立ち代わり我々の傘に入ってきては、少し雨が弱まった隙に去っていく。
「Pay Monny?(お金払おうか?)」
どういう訳か、その7~8組のうち5組ほどがそう言って雨宿りしに来る。基本、みんな酔ってご機嫌なのだが、なかには可哀想にズブ濡れでガタガタ震えている人もいる。けたたましいサイレンを鳴らして、会場内から救急車が出てきた。具合が悪くなってしまった人が出たのだろう。
ようやく少し雨が弱まったので、どうにか会場内に突入。
そこは光を放ち、ジャガジャガと賑やかな音楽が響く空間。入口の周辺には観覧車やゴーカートなどのアトラクションがあり、その奥に続く広場の両側に建ち並ぶのは、各ビール会社が趣向を凝らせた巨大なビアホール。
それらの間には、食べ物やみやげ物を扱う「屋台」と呼ぶにはあまりに立派な露店が立ち並んでいる。
時折、強くなる雨のせいで足元は水たまりだらけだが、傘を持たない酔っ払い達で通りは歩くのが困難なほどの賑わい。食べ物を扱う屋台には行列が目立つ。あたりのテーブルにはジョッキ片手の人々が集り、大声で話している。
腹も減ったし、とりあえずビール、ビール・・・と。しかし、屋台はどこも食べ物ばかりで、ビールはビアホール内でしか買えないらしい。
そこで、どこか良さげなビアホールが無いか眺めて歩くが、どこも入口周辺に人だかりが出来ていて、座る場所はおろか、通路にも人がぎっしりという感じの混雑。陽気な音楽と、酔客たちの歓声・喚声・嬌声が聞こえてくる。雨が降ったせいで、みんな建物内に流れ込んだのだろう。
屋根の下に入れず、濡れても平気な人達は外で飲んでおり、先ほど我々が会場に来る際にすれ違った人々はそれに耐え切れなかった人達だったのだろう。
それにしても、すごい盛り上がりよう。ヨーロッパ旅行で、こんな酔狂な人達をこんなにまとめて見たことが無かったので、これはちょっと驚きだ。果たして我々、いきなりここに入っていけるのか?
空腹でヘロヘロして来たので、腹ごしらえに屋台でベーグルサンドを買い、それをホフ・ブロイハウスの建物前でかじる。さて、どうする?街で夕食にするかい?
「少し並んでも良いからどこかビアホールに入りたい」
こんなとき、案外と物怖じしないタイプのあこ。少しでも空いていそうなビアホールが無いか改めて探す事にする。少し南に下った小さ目のホールに行列の無い入口を発見。そこから見えるテーブルのひとつが空いている模様。よし、入ってみるか。
ん?なになに、こっち出口なの?
指差された方に別の扉があって5~6人の行列が出来ている。意外と短いな。これは案外すぐに入れるかも知れない。前に並んでいる5~6人のグループは案内のスタッフに入場を断られている模様。次にスタッフはこちらに顔を向け「ドリンクだけは不可。食事もするならOK」とのこと。
ふたつ返事で「OK」すると、熱気ムンムンの屋内へ案内される。やったね!
乾杯!
我々が入ったのはPaulaner(パウラーナー)のビア・ホール。人混みをかき分けるようにして窓際のテーブルへ。飲みかけの大きなジョッキが2つ放置されている。
それにしても、場内は異常な盛り上がり。音楽が流れると、背の大きな西洋人の男女がジョッキ片手にイスやテーブルの上に立ち上がって唄っている・・・と言うか叫んでいる。シラフの我々は圧倒されっぱなし。早くオーダー取りに来てくれえ~。
担当らしき兄ちゃんはすぐ隣りのテーブルに居るのだが、バイエルンの民族衣装風の細かい赤白チェックのシャツに茶色いズボンのグループ数名に何やら長時間クレームをつけられていて辟易した表情。我々の「来て来て」視線を感じつつも、そこを離れられない様子。彼らのクレーム内容は分からないが、かなり泥酔常態なのは確かだな。
ようやく隙を突いてクレーマーから抜け出した彼は「ビール2個でOK?」と言い残して去っていった。
入れ替わりに、クレーマー軍団のうちの男性ひとりが我々のテーブルにやってきた。何やら大声で話し掛けてくるが、周囲の喧騒に加え、ろれつが全く回っておらず会話にならない。
彼と入れ違いに今度は仲間らしき若い女性が登場。彼女もかなりの泥酔で何を言っているか不明。せっかくなので彼女にピタッと体を寄せ、彼女の口元に顔をくっつけさせてもらってヒヤリング。ふむ、いい匂い・・・じゃなくて酒臭えな。
「あなた達は中国人?」
いや、日本人だけど・・・。
あなたはドイツ人かと聞き返すと、なんとフィンランド人だった。民族衣装を来ているのは同じグループで、この会場に40人も居るらしい。ここで大騒ぎしている連中の1/4くらいはフィンランド人ってことか!
つまり、みんなレンタル衣装なのね。ここまで見かけた民族衣装の人々はほとんどドイツ人ではなくて外国人って訳だ。
ずいぶん待たされてビールがやってきた。「ドリンクだけは不可」とか言っておいて、フードメニューを取りに来る気配は無し。ま、良いか。
よっしゃ乾杯!早いとこ酔って、このテンションに追いつかねば。
さっきのフィンランド人の彼女がまたやって来た。今度は何?え?中国人かって?違うよ日本人!私はフィンランド人よ・・・って、さっきも聞いたよ。あなた酔い過ぎ・・・。
さて、巨大なジョッキを抱えて、胃袋にビールを流し込む。長時間移動の疲れもあって、すぐにいい気持ち。やがて、また音楽が流れ出した。
今度は手元にビールもあるし、多少酔っても来たので、歌詞は全く分からないが、テーブルの上に立って音楽に合わせてジョッキを揺らす我々。
ようやく興も乗ってきたところに、通路を挟んだ斜め向かいのテーブルから、巨大な男性が「一緒に飲もう」と、ニコニコしながら乱入してきた。
彼はアメリカ人だそうで、奥さんと2人で旅行中。日本語は全く話さないが、日本人とのハーフだという彼。オクトーバーフェストは今回で8回目だとか。
やっと、まともに会話ができる人達に巡り会い、彼らのテーブルのオードブルをツマませて頂いたりしながら、賑やかな時間を過ごす。彼らのテーブルには夫婦以外に3人ほどのアメリカ人達が居るが、ここで知り合ったメンバーなのだそうだ。
時計は午後10時半を少し回ったところ。そろそろ閉店らしい。場内は相変わらず賑やか・・・つーか、酔いつぶれて我々が居たテーブルで眠りこける民族衣装の男。喧嘩を始めるフィンランド人と、それを止めるフィンランド人。無法地帯やね。
あこは、アメリカ人達の前で1/5ほど残ったビールを一気飲みして、やんやの喝采を浴びている。おいおい大丈夫か?
もう一杯この1リットルジョッキを飲むのは無理そうだし、あこが良い感じで盛り上げたところで頃合いも良しと判断し、名残惜しいがアメリカ人グループに別れを告げてビアホールを出る。
雨は相変わらず降っている。地下鉄に下りる階段は外までの長い行列。徒歩圏内にホテルを確保しておいて良かったな。
楽しい時間の余韻に浸りつつ、酔った勢いに任せ、屋台でフェルトで出来たバイエルンのとんがり帽子を購入。宿までかぶって帰る。民族衣装の人々には敵わないものの、これで我々もお祭りの参加者としての証を身に着けたって訳だ。
午後11時半過ぎ、ホテル着。シャワーで体を温めたら、アメリカ人にもらった巨大なプレッツェルをひとかじりして、病室のようなベッドに潜り込む。
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