カウアイ島へ
7月某日土曜日。日の出前のまだ暗いフリーウェイを抜けて、タクシーはホノルル国際空港へと到着。さすがに朝6時前の空港に人は少ない。待合室も薄暗くガラ~ンとしている。
フライトまではまだ1時間以上もあるのでバーガーキングで軽い朝食をとる。国内線ロビーのなかでここだけが賑わっている。それでも、せいぜい20人位だが。バーガーキング・・・懐かしい響きだ。日本にはまだあるのかな?
昨晩、カウアイ島に1泊するので明日は部屋には帰らない旨をY中さんに伝えると、
「気にしないで下さい。明日の夜は私もですね・・・」
オアフ島東部をサイクリングをする予定で、気に入った場所があったらそのまま海岸線で野宿するかもしれない・・・とのことであった。なお、彼の場合の「野宿」は、砂浜や岩場の適当な場所でゴロンと横になることを指している。相変わらず突飛なことを言う。どこまで本気かを問い正すと、前回のハワイ旅行のときには、実際にやったことがあるそうだ。波の音がちょっとうるさいが、星がとても綺麗だったとか。
カウアイ島/リフエ空港行きのアロハ航空201便は、定刻どおりの午前6時55分に朝日に包まれたホノルル空港を離陸。左手後方に真珠湾が見える。
が、すぐに大きく右に旋回して機首を西に向け、オアフ島は右側に移る。搭乗率は50%ほど。機内やシートは結構使い込んであって古臭い。前の席の背もたれに付いているテーブルが、機体の震動で突如「ガッタン」と開いてきて私の腕を痛打。勘弁して欲しい。
窓のしたにはオアフ島の海岸線。雲の向こうの太陽光線が、日章旗のようにオアフ島を照らしている。昭和16年12月7日の午前8時頃(現地時間)真珠湾上空に殺到した日本海軍の攻撃隊も、同じような景色をみていたのだろうか?
ベルト着用サインが消えてほんの15分足らずで、今度は着陸体制。飛行時間は僅かに35分間。窓の外にカウアイ島南東海岸が見えてきた。赤茶色の岩が、垂直に海へと落ち込んでいる。
カウアイ島の玄関口リフエ空港に到着。小さなターミナルをでて道路を渡ると、レンタカー会社が並んだ建物がある。その裏がピックアップのバス乗り場と一般車の駐車場となっている。「ダラー」のカウンターで手続きを済ませ、バスで1~2分のところにあるオフィスに移動。ここでキーを受け取る。
予約しておいたのはご存知「ジープ・ラングラー」。真っ白なボディに、黒い幌とタイヤのコントラストが格好イイ。座ってみると、車高の割には開放感というか視界がよろしくない。垂直に近い角度のフロントガラスは、自ずとと面積が狭いから、そのせいかも知れない。装備はパワーウィンドゥもカーステもなくて質素なつくり。細部に砂ぼこりがたまっているのはオープンカーだからなのか?
鶏たちの島
午前中のイベントは「島内一周ヘリコプターツアー」。リフエの街へ向かう途中にあるツアーオフィスSAFARIを確認。でも、受け付けまで30分以上時間があるので、スルーしてリフエの街へ。
カウアイ島の中心都市とは思えないのどかな田舎町の雰囲気。片側2車線の道路には、車はそこそこ行き来しているが、広い歩道に人の姿はない。背が高いのは信号機や電柱、それにヤシの木くらい。建物はどれも平屋建て。
50号線を少し北上し、左折して脇道へ入りワイルア滝を目指す。道は途中から赤土のダートになる。あちらこちらに赤い水溜まりができていて、どうやら少し前まで雨が降っていたようだ。両側は深緑の草木が道路におおい被さるように生えている。
時々、道端に姿を現わす茶色い鳥は、野生のニワトリ。車を警戒するそぶりもない、ふてぶてしいヤツら。やがて、道の右側の視界が開けると、そこがワイルア滝を眺める展望地。他に車が1台だけ停まっていて、その周りに野生のニワトリがたむろしている。
大地にポッカリと穴を開けたように滝壷がある。そこに流れ落ちる2本に分かれた滝。その落差はガイドブックの写真で見た印象よりずっと大きく、約25mある。
先に停まっていた車は、実はアクセサリーを扱うモノ売りで、この主の男性がエサを撒いているせいでニワトリが集まっているのだ。どうやら、餌付けは客寄せのつもりらしいのだが、こっちに声もかけることはおろか目線すらくれずにいる。ずいぶんと消極的だが、こんなんで商売になるのだろうか?
もと来た道をもどる。パラパラと雨が降り出してきた。リフエの街へ近付くにつれてだんだんと雨粒が大きくなってくる。これはマズイ。ヘリは飛ぶだろうか?民家をほんの少し改造してあるだけのSAFARIのツアーオフィスに到着したときには、雨は本降りになっていた。
カウンターの向こうのポリネシア系女性。決して美人じゃないし若くもない(失礼!)が、浅黒い肌と陽気な応対が、いかにも南国リゾートの住人っぽい。アゴをちょっと突き出しながら、大きな目をクルクルと動かして人懐っこく笑うしぐさが、キュートで好感が持てる。
とはいっても、彼女に天候を回復する能力があるわけもなく、午前中のフライトは中止となってしまった。今日の午後か、明日に振替えとして欲しいとのこと。これから午後に天候が回復するかは疑問なので、明日にしよう。午後一番の便でオアフ島に戻るので、朝8時15分集合のフライトにする。
さてと、これからどうしよう?
もともと大した計画を立てていなかったのに、唯一の計画がつまずいてしまったから、ダメージがでかい。そもそも、カウアイ島に着いてすぐに遊覧ヘリを組み込んだのは、「そのあとは時間を気にせずに過ごしたい」という理由だったのだ。時刻は午前9時半。雨が相変わらず降っている。
取りあえず、リフエの街外れにあるウォルマートに行く。目的は特にない。でも、SAFARIの前にいても仕方がないし、なにか面白い発見があるかも知れない。それにしても、この雨は豊かな自然だけが売りのカウアイ島にとっては致命的。
ともあれ、以前ラスベガスで買ったトランシーバーが調子悪くなっていたので、ここで新たに購入。モトローラ社製の8マイルも飛距離の出る優れもので、日本円にすると約6,000円也。
店を出ると雨はほとんどあがっていた。さてと、これからどうしよう?
さっきと同じ問いかけだが、今度のは「どっちへ進もうか」で悩んでいる。島をグルッと一周するのならどっちでも良いのだが、ほぼ円形をしたカウアイ島には、残念ながら一周する道路がない。どっちから向かっても、島北西部のナ・パリ・コーストで途絶えているのだ。時計回りに南へ進むと、太平洋のグランドキャニオンと呼ばれるワイメア渓谷で、リフエからは約45マイル。反時計回りに北へ進めばシダの洞窟やハワイ諸島最北端の「キラウエア灯台」などを経て、映画「南太平洋」のロケ地になった北部海岸までは約40マイル。どっちに進むにしても、全島制覇をするには同じ道を往復しなければならず、1泊2日では到底まわりきれないのだ。
事前にガイドブックで仕入れていた「島特有の気候で、南部から西部にかけては年間を通して晴れの日が多い」という情報をもとに、まず反時計回りに北へ向かう。天気が悪ければ引き返して南西部に向かうという基本プランをたてた。
ワイルア川
56号線を北上し始めてまもなく、青空が顔をだした。片側1車線の田舎道となるが、交通量は意外に多い。島の内陸部の山々は雲の中だが右手の草原の先に見え隠れする海は真っ青に輝いている。
晴れと雨とでは全然気分が違う。幌を開けて、オープンカーへと変身してやろうかと思ったが、時折、お天気雨がぱらついている。さらに、幌の開け方がよく判らないので無理はしないことにする。
右手に、今夜の宿であるアロハ・ビーチ・リゾートが現れる。と、すぐに島最大の川というワイルア川。橋を渡らずに手前を曲がるとシダの洞窟行きの船着場。カウアイ島を代表する観光地だが、ここはスルー。「シダ」と「洞窟」なら、雨が降っていたって構わない。天気の良いうちに先を目指そう。帰りにここを通ったときに、どうするか考えれば良い。
橋を渡ってすぐの信号を左折して、丘の上へと坂を登っていく。左手の視界が開けると、そこがワイルア川を見下ろす最初の展望台。ここで車を降りてみる。海に近いこのあたりは、すっかり晴れとなった。空気は少しムシムシとしている。その辺をコッコッコ・・・と野生のニワトリが歩き回っている。
丘の上からワイルア川を見下ろす。緑豊かな草原の中を、大きなカーブを描くいてゆったりと流れている。川面には、のんびりと浮かぶ小型ボートやカヤック。草原では生い茂る丈の長い草が、風にワサワサと波のように揺れている。川幅はさほど広くないが、濃い青色をした流れがいかにも水量豊富という感じ。川は、降水量世界一と言われるワイアレアレ山を源としているそうだから、この豊かな流れにも納得する。
少し先に進むと、ふたつ目の展望台。こちらには大きな駐車場があって、それに比例して野生のニワトリもたくさんいる。最初のうちはモノ珍しかったが、こう頻繁に目にしてしまうと、ありがたくも何ともない。
さて、道路の左側にある展望台からは、先程より上流の高い位置から川を見下ろせる。川の周囲も山がちで草原はない。川の対岸は尖った山になっていて、尾根に近いところは、赤茶色の岩肌が顔をだしている。こちら側の展望台のすぐ先も、崖のような急斜面だ。ここからだと見えないが、もう少し上流へ進むとシダの洞窟があり、さらに遡ると、朝に見たワイルア滝がある。
道路の右側の展望台からは、左右から迫った山肌の先に小さく滝が見える。オパエカア滝だ。うっそうとした緑に囲まれたなかに、音もなく流れ落ちている。ホントは距離があって音が届かないだけだが。白い滝と緑色の山とのコントラストは涼しげな雰囲気だ。でも実際には見ている我々は結構蒸し暑い。カウアイ島はやっぱり熱帯の島なのだ。
ジャングル
天気もまずまずなので、調子に乗ってさらに内陸部へ向かう。しばらくは、道は台地の上を緩やかにカーブしながら続いている。このあたりには、民家とも別荘ともつかない住居がポツポツと続いている。それが途切れると、道路は山道に変わる。草木が車道まで張り出してきていて走りにくい。
助手席のあこはスースーと寝ている。昨晩は寝不足と言うほどではない筈だから、時差ボケかな?
やがて、小さな公園のようなところにでると、その先の道路が川のなかを横切っている。この先へと進むにはクロカン四駆でないと難しい。先行するのも、我々と同じく「ラングラー」。このあとを追い、ゆっくりと川の中を進む。
ここからは道幅の狭いダート・・・というより泥道になる。レバーを「4WD-LOW」に入れてゆっくりと進む。道はアップダウンをくり返しながらだんだんと山奥へと分け入って行く。ときどきサーッとスコールが通りぬけていく。完全に熱帯のジャングルに入ってしまった。
赤茶色の水溜まりがそこかしこにあり、これが、たまに思ったより深いのでビックリさせられる。当然、ボンネットの上まで泥だらけ。時として天井の上まで泥水を跳ね上げてしまう。レンタカーをこんなに汚してしまっていいのかな?でも、本来のその機能を考えれば「綺麗な4WD」こそナンセンス。容赦なく汚すことにする。それに汚れを気にして、せっかくの探検気分に水を差すこともあるまい。
ようやく1台目の車とすれ違う。すると、我々の前を走っていたラングラーが、この対向車につられるようにしてUターン。バックミラーの向こうに消えていった。意気地なしめ~。1台っきりになってしまったじゃないか!
道はますます険しくなる。ジャングルが空を覆い隠している。低いところにはシダ系の植物が生えている。道が少し低いところを通るときには、水たまりというよりも沼地を道が横切っている感じに近い。そんな地点の近くには、必ず、直径20cmくらいの石を積み上げてできたピラミッド状のものがある。その高さは1mくらい。つまり、「車が泥にハマったら、この石を使って脱出しなさい」ってことらしい。コイツお世話になりたくないもんだなぁ、あこ?
おや、なんと彼女は夢うつつ・・・。よく、この揺れの中で寝てられるなァ。やはり、女性というのはたくましい。それとも、あこが特別なのか?
道路脇に大きなトラックのような四駈が停まっている。荷台にはレンジャーのような制服を着た男性の姿。彼は一体なにものだろう。その脇を抜けてしばらく行くと、驚いたことに、こんなところを歩く2人に出会う。比較的に軽装備な若い男女。
なんて物好きな・・・。
彼らを追い越してしばらく進むと、突如ジャングルが切れてポッカリと広場のようなところにでた。ここにも石のピラミッドがいくつもあって道路はぐちゃぐちゃだが、広場の半分くらいは草原のようになっている。この広場には陽がさしているが、木々の向こうに見えるはずのワイワレアレ山は、厚い雨雲に被われていて見えない。島の中心部は、きっと、1年中こんな風なのだろう。
広場を過ぎてほんの少し森を抜けると、さっきの広場とは比べ物にならないスケールで視界が開ける。ここが四方を熱帯の山に囲まれた大きな盆地であることに気付かされる。道のすぐその先にはゲートがあって、その先はこれまでとうって変わって乾燥したダートが続いている。
川をふたつも越え、長いジャングルを抜けて来たのは、実はココに到達するためだったのだ。ワイアレアレ山の中腹に位置するここは、映画「ジュラシック・パーク」で、その入口ゲートが作られていた場所。
別にこの映画のファンというわけではなくて、単に「他人があまり行かない所に行ってみよう!」というだけだった。でも、ここに立っていると、なんだか原始の世界に迷い込んだような気になる。まあ、ここまで道があるくらいだから、あり得ないのだが。
ゲートの向こうの道は草原のなかへと延び、どこまで続くのかは見えない。ゲートをまたいで木々の茂る平原に立つ。聞こえるのは鳥や虫の声だけだ。四方をグルリと取り囲む熱帯の山々を眺める。頂上付近は濃い雲に包まれていて、そこからのぞく壁のような山肌を幾筋もの滝が流れ落ちているのがみえる。なにか、人間を寄せつけないような神々しさが漂っている。原始の時代から変わらないであろうハワイの姿がそこにはあった。
帰路、さっきの男女とすれ違う。一体どこまで進む気なのだろう。しばらく行くと、今度は途中に停まっていた大きな四駈が、下界へと向かっているのに追いつく。その車が道を我々に譲る。追い越す際によく見ると、荷台には金網を張ったカゴが載っていて、そのなかには何頭かの犬が入れられている。レンジャー姿の彼は、きっと野犬を保護しているのだろう。