庭園の島
天気は上々。56号線(通称=クヒオ・ハイウェイ)を快調に北上する。道の両側にはヤシの木が続いていて、 きれいな緑の芝生に影を落としている。このあたりには、リゾートホテルやコンドミニアムや、ちょっとしたショッピングセンターなどが点在していて、のどかでリゾート地の雰囲気が続いている。
かと思えば、そのなかに廃墟のホテルが不意に現れたりして驚かされる。これは、1992年のハリケーンの被害を受けたためらしい。その後、復興できずにいるホテルは他にも何軒か存在するそうだ。
交通量は比較的多いが、信号が無いので快調に走れる。窓を開け、風を受けながら走る。湿度も下がってきたようで爽快なドライブ。
カパアの町に入る。さっきまでのリゾート地の雰囲気と異なり、生活感の漂う田舎町となる。一瞬チラッと見えたABCストアが、ここがハワイであることを辛うじて主張しているようだ。しかし、それを除けば単なる街道沿いの小さな商店街でしかなく、リゾートらしからぬ町並み。でも、これはこれで悪くない。
カパアを抜けると、再び田舎道。カパアの中心部を先頭にして渋滞しているらしく、南へ向かう対向車線は渋滞が2マイル近く続いている。島には周回道路もなく、また、海沿いにしか道らしい道がないので、これは仕方がないのかも知れない。帰りに通るときまでに、 解消されていると良いのだが・・・。
カパアの町から島北部にかけての景色は、なんだか日高地方のそれによく似ている。ホンマかいな?と思われるかも知れないが、そう感じたのだから仕方がない。
車窓の景色は畑であったり、牛や馬が草を食む牧場であったり、時には森であったりと、のどかな風景が続いている。さらには、ゆるやかに続く丘のさきに見え隠れしている海。そこをクヒオ・ハイウェイが、ゆったりと起伏やカーブを交えて延びている。
ほ~ら、日高の海沿いにソックリだ。それに、あえて車を停めるようなスポットが少ないところなども相通ずるものがある。
やがて、キラウエア灯台への分岐点が現れる。天気の崩れないうちに先を急ぐことにして、ここはひとまず通過。その先にはプリンスビル空港。数台の車が止まっているだけで飛行機の姿はない。さらに少し走ると、不意に左側の近いところに山なみが現れ、ボンヤリしていたら見落としてしまいそうな小さな駐車スペースが設けてある。でも、ここまでの幾つかの展望台がそうであったので、この控えめな自己主張を見逃すことなく、そこに車を入れる。
のんびりドライブの眠気も吹っ飛ばす綺麗な景色。眼下には、なんと水田が広がっている。谷の真ん中あたりには川が流れていて、その両側にひろがる田園風景はまるで日本の山村のよう。それが、まっ青なハワイの空の下でも全く違和感がないのが、なんとなく不思議な感じ。
どこか懐かしさのあるここからの景観は、ある意味、日本のどこよりも日本的。黄色い2艘のカヤックが、ゆっくりと川面を進むのが見える。これはちょっと日本的じゃない。さらに、田んぼを青々と染めているのは水稲ではなくてタロ芋なのだそうだ。やはりここは紛れもなくハワイだな。
道はヘアピンカーブを描いて、ハナレイの谷底へ。さっき展望台から見えていた田園風景が目の高さに近付いてくる。展望台からだと、谷のすぐ手前にあって、端っこしか見えていなかった橋を渡る。この橋は幅が狭くてすれ違えないので、橋の手前に
One Lane Bridge
の看板と停止線があり交互通行となっている。同じような橋を、この先でも何ヶ所か通ることになった。この橋を過ぎると道幅は狭くなり、およそ「ハイウェイ」と呼ぶにはふさわしくない田舎道になる。左にハナレイの田んぼを見ながら走っていると、不意にスコールに襲われた。これで少しは屋根の泥汚れも落ちるかも知れない。
ハナレイの町を通過する。町と言っても、道路沿いに小さなショップが幾つか並んでいるだけ。さらに、その建物と建物の間隔がとても離れていて、なんだが不思議な佇まいの街道沿いの村だ。それでいて、ランチタイムのためか、どの店も駐車場に入る車が道路にあふれるほどに混雑している。
ノース・ショア
ハナレイの町を越えると、ここまでのドライブで最も海に近いところを走る。左手には山が迫ってくる。道は、山が海へと落ち込む手前の狭いところを通っているのだ。
木立の向こう側すぐのところに、真っ白な砂浜が見え隠れしている。マリンブルーの海は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。少し沖の方には白波が立っている。外海からのうねりがリーフにあたって砕けているのだ。おかげで内海はとても穏やか。
あー!海入りてぇ!
小さな岬を越えるたび、また新しい海が現れる。車窓の景色はどこまで行っても綺麗。それに、なんて青いんだろう。道のところどころに駐車車輛があるが、どの浜辺も遊ぶ人影はまばらだ。
道はもう少しで終点。道はますます狭くなってきた。見通しも悪くて、前を行く自転車をなかなか追い越せない。左手の山がジャングルのように迫ってくると道は砂利道になり、やがて唐突に終点に至る。
ついに島の東半分を制覇!
砂利の道はそこだけ広くなっていて駐車スペースになっている。ここはケエ・ビーチ。そして、ここから更に島の西側に位置する車では行く事のできないナ・パリ・コースト方面へのトレッキングのスタート地点でもある。
そのせいだろう。立木と立木の狭いスペースに頭を突っ込むようにして所狭しと車が停まっている。その向こうのケエ・ビーチが、トンネルの中から出口を見ているみたいに眩しく輝いて「こっちにおいで」と我々を誘っているものの、Uターンもままならない状態で全く駐車スペースが見つからない。
残念ながら車を止める場所は見つからない。無茶な止め方をして、あとでトラブルになっても面倒だ。仕方なく、もと来た道を戻ることにする。
今度は海は左手になり、険しい山肌が右側になる。
ちょっと走ると右側の断崖絶壁の下に洞窟が大きな口を開けている。先ほど通ってきたときにも気がついたのだが、反対車線だったので立ち寄らずにスルーしてきたのだ。「No Parking」の看板があるが、その隅っこの方に停めさせてもらうことにする。
まずは、ワイカナロア洞窟。波紋にひとつ立たない水面が暗闇へと続いている。続いてマニニホロ洞窟。こちらは水が無く、天井が低く奥行きは浅い。
さてと、これからどうしよう。この問いは、本日これで3回目。時刻は午後1時をまわっていた。
島の見どころのひとつシダの洞窟の船着場までは、ここから1時間余り。そこから船に乗って洞窟までの往復でプラス1時間半。これに途中で昼メシと、どこかで寄り道したとしてプラス1時間。
ってことは、そこまでで早くて午後4時半か・・・。シダの洞窟から、カウアイ島のもうひとつの代表的な観光地であるワイメア渓谷まではノンストップでも1時間は要するだろう。辿りつくのは午後6時頃になりそうだ。
日没は午後7時半前後だから、その頃、渓谷は日陰になってるかな?それ以前にカパアの町の手前で渋滞にハマるかも知れない。それに島の南部や西部が晴れている保証はどこにもないじゃないか。そうそう、天気と言えば、明日のヘリは飛ぶのだろうか?
答えがなかなか出ないまま、車はもと来た道を走り続ける。美しいカウアイのノースショアの海岸が車窓を流れていく。
波にもまれて
ついに、ひとつの結論に達した。もともと、計画らしいものは何もなかったのだ。だったら、これからの計画を無理にたてる必要はどこにもない。それに、移動時間にしてに天候にしても、この先どうなるか分からない。
だとすれば、最優先すべきは目の前の現実だろう。「今の天気は快晴」「目の前に綺麗なビーチがある」という2つ事実に疑いの余地はない。
よ~し、海だぁ~。海しかないッ!
道沿いのビーチを物色しながら走る。
・人が少なくて(人混みは嫌い。でも、誰も居ないのはチョット不安)
・砂浜があって(岩場やサンゴ礁のところも結構あるのだ)
・車が停められるところ(大抵、道は狭いし、駐車場もない)
この3つの条件を満たすビーチが理想。でも意外に見つからない。幾つかの心そそるビーチを通り過ぎたり戻ったりした後に車を停めたのは、少し大きめの川を渡った先の、7-8台の車が砂地っぽい木立の間に停まっている場所。
砂丘のような開放的なビーチが広がり、河口周辺に数組の人影が見えている。地図で見ると、映画「南太平洋」の舞台となったルマハイ・ビーチのいちばん西の端。正確には、西隣りといった地点である。
車の中でモゾモゾと水着に変身する。途中のセブン・イレブンで買った水色の浮き輪を膨らまし、首から下げた防水クリアケースにレンタカーの鍵を入れる。あこは「四分割カメラ」なる謎の新兵器を携えている。スパイ映画じゃあるまいし、これがなんとロシア製の代物らしい。用意が整ったら、いざ海へ!
波打ち際はすぐそこのような感じだが意外に歩く。日差しは強いが、純白の砂に焼けるような熱さはない。海は正面に見える。
道路から見えた人々は、実際には左手に流れる川の岸辺・・・というか、川の流れと海の水とが交じり合うあたりの穏やかなところいる。この表現は判りにくいので、今後はこの辺りの呼び方は、「入り江」に統一しよう。
で、その入り江あたりで、みんな甲羅干しをしたり、水遊びをしたりと思い思いに過ごしている。
河口付近・・・じゃなくて「入り江」の口のあたりは、ビーチが砂丘のように盛り上がって狭くなっている。波が打ち寄せるたびに、その狭い口を乗り越えて、海水と淡水とが混じりあう。
この辺りはリーフが無く、貿易風の影響をダイレクトに受けているようで、比較的に波が高い。そこでは、子供達がその波に乗ってボディボードをしている。我々も入り江沿いに荷物を置いて、水の中へ。浅いところは太陽のせいか、とても温かい。緑色を帯びた川の水は、なんとなく肌にヌルヌルする。いかにも森の木々の有機物を多量に含んでいそうな感じ。
2人で浮き輪につかまって少しずつ岸を離れる。空は青く、雲は白く、潮騒が聞こえる。何だか楽しいぞ。対岸の淵へと近付いていく。水の濃い緑色に変わってくると、突如、水温が下がる。深いところの下半分は、水温が低い水の層があってかなり冷たい。
これはたまらん。バシャバシャと逃げ出し岸辺に近付く。このあたりが心地よい。みんなが入り江のこちら側のこの辺りにいたのには、やはり訳があったのだ。
せっかくならカウアイの波も体感してみたい。波が高いとは言え、子供がボディボードをしているくらいだから平気だろう。
浮き輪を脇に抱えて波打ち際へと歩を進める。うねりを交えてザッパ~ンと押し寄せる波の迫力の割には、砂浜を洗う白波はシャワシャワと極め細かくて意外と穏やかだ。
ずんずんと海の中へ。波は膝上くらいまでしかなく大したコトない。これなら浮き輪で波乗りもどきを楽しめそうだ。
波の引くタイミングにあわせて、波が崩れて砕けるあたりまで一気に前進。すると、遠浅だと思った砂浜はこの辺りから傾斜していて、粗い砂粒は崩れる様に足を飲み込み、ほんの2-3歩で胸のあたりまで水の中。
「これはイカン!!!」
と思ったが遅かった。目の前に波の壁が迫って来ると、一瞬の後にガボガボガボッ・・・。
とっさに、首から下げたクリアケースを掴む。万一、レンタカーの鍵を流されたら大問題だ。同時に浮き輪を抱えた腕に力を入れる。沖にさらわれた場合の命綱だ。直後に尻に新鮮な海水があたるのを感じ、両足を大きく開いて水着が脱げるのを防ぐ。なんとしてもスッポンポンは避けねばならない。アメリカ人の子供の前で、貧弱な下半身をさらすのは、日本人の名誉に関わる。
手足の自由を奪われ、体は波に翻弄されるままになった。
いったい何回転したことだろう?無残な姿で砂浜に打ち上げられた私の目に映ったのは、四分割カメラを持って爆笑しているあこの姿であった。水着の中や頭はモチロン、耳の中まで砂でザラザラ。
「オケツ見えてたよ」
おのれ~ッ。しかも、写真まで撮りおってからに~。
最北の灯台
全身でカウアイの大波を堪能したせいか、急激にお腹が空いてきた。このビーチの近くには売店なぞあるはずもなく、名残惜しいがこの入り江を離れることにする。
水着にシャツだけ羽織って移動開始。ハナレイの町で遅い昼食にする。混雑のピークは過ぎたようで先程よりは空いているが、駐車スペースを見つけるのに苦労する。
表通りに面したバーガーショップで、ハンバーガーとポテトとドリンクをオーダー。テラスと呼ぶにはいささか貧相な構えだが、開放感あふれる表のテーブルに座ってそれらをつっつく。
隣接している「チン・ヤン・ビレッジ」という名の小さなショッピングセンター。中華風の名前のこのショッピングセンターが、ハナレイの中心施設のようだ。あずき色の屋根と白い壁に、緑の柱や梁で統一された建物は、無国籍で独特の風情が漂う。これがヤシの木と不思議にマッチしている。
とりあえず、次の目的地をキラウエア灯台に設定する。ハナレイの街から7マイルほど走り、左折してクヒオ・ハイウェイをそれて、畑のなかの道へ。
案内に従って田舎道を走ると、小さな集落を抜け、雑木林を抜けると、やがて小さな駐車場に到着。青い海原に向けて突き出した岬の先端近くに、小さく白亜の灯台が見えている。
キラウエ灯台はカウアイ島の最北端であり、また、ハワイ諸島の最北端でもある灯台。一般的な日本人にとっては、「北=寒い」という図式ができあがっている。でも、この最北端には熱い太陽が容赦なく降り注いでいる。それに海と空があまりにも青い。海を渡ってくる貿易風も、どことなく甘い感じ。
そう、ここでは最北端特有のその感慨のようなものは全く湧きあがってこない。ここが南国の小島だというのを、ただ再認識させるのみだ。そういえば、宗谷岬も礼文島のスコトン岬もホントに寒かったっけ。
再び車に乗って岬の先端を目指す。急な曲がりくねった坂を下ると、すぐに先程見えていたパーキングに出る。
遊歩道はビジターセンターの脇を経て灯台へとつながっている。周辺には、上昇気流にのって大きなカモメのような鳥たちが飛び回っている。道沿いの丈の低い木々のあいだの赤土部分には、ボコボコといくつもの穴が並んでいる。どうやら上空を飛び回っている連中の巣のようだ。
立ち入れないようにロープが張られ、看板もついていてそれらしき解説が書かれているものの、遊歩道からは巣のなかが丸見え。親鳥の姿も雛の姿も見えないが、とても無用心なところに巣作りをしている気がしてならない。
すぐに灯台の全体像が見えてきた。綺麗な芝生の真ん中に、ちょっと寸胴な真っ白な灯台が立っている。青い空と緑の芝生に映えて、爽快な感じだ。遠くからだと大きく見えたが、実物は高さ15mくらいで案外と小さい。全高の1/3ほどがガラス張りで、そのなかに不釣合いなくらいの大きなレンズが鎮座している。そのせいで、頭でっかちで愛嬌のあるシルエット。
ぐるっと周囲を見まわす。ちょうど他の観光客の姿が見えなくなって、この三方をコバルトブルーの海に囲まれた岬の先端に立っているのは我々2人と、この灯台だけになった。
おや、なんだか感傷的な気分になってきたぞ。そうだ、ここはハワイ諸島の最北端。ここからどこまでも北に進むと、次に現れる陸地はアリューシャン列島。太平洋を隔てた遥か3,000kmの彼方なのだ。
制服を着た職員が近寄ってきた。ここは午後4時で閉じるとのこと。時計を見ると、午後4時を10分ほど回っていた。おや、もうそんな時間だったのか。なるほど、周囲に観光客の姿がなかったのはこのせいだったのね。
遊歩道を戻る。さっきの職員サンは、ゆっくりと我々から後ろを少し離れて歩いている。ビジターセンター近くに、ポストかゴミ箱のように見える小さな箱が設置されている。通りぬけざまに振り向いてよく見てみると、なんとこれが料金箱。おっと、ここって有料だったのね。それにしても、遊歩道のど真中にあるのに、どうして往きに気が付かなかったのかが不思議でならない。
「私は気がついてたヨ」
なぜ言わぬ!あっ、でも2人とも「水着+シャツ」のいでたちだし、財布なんか持ってなかったね。