白鳥の小径
7月2日土曜日。カーテンの隙間から差し込む強い光が、今日が快晴であることを告げている。
今日は歩くぞ!
まず、朝食をしっかり食べよう。当初、朝食はコンチネンタルスタイルだと聞いていたのだが、昨日も今日もアメリカンスタイルだった。
レストランは中国観光客の団体で混雑していて、けたたましく北京語が飛び交っている。単音節で短音節の中国語は、大声を出すのに適しているらしい。
そんな中にU夫妻を発見。向かい合う席に座る。昨晩は予定通り「ムーランルージュ」のディナーショーに行ったとのこと。今日は、午前中にルーブル美術館に行って、午後は市内観光の予定らしい。結局、モンサンミッシェル日帰り観光は諦めたとのこと。
昨晩、グルグルとさまよったおかげで知り得た周辺地理を駆使して、エスプラナード・ド・ラデファンス駅までの道のりの間に、噴水のある公園や、ビル群を見渡す歩道橋などを経由して歩く。
そのエスプラナード・ド・ラデファンス駅からメトロに乗って3つ目のポルトマイヨ駅で降りる。ここでRERに乗り換え。RERは二階建て電車で、メトロと違って車輪もタイヤではなく普通の鉄道。車内は1階も2階もガラーンとしている。
電車はすぐに地上へとでる。
よしッ!ここもイイ天気!
ようやく訪れた青空の下、景色に見とれていた訳ではないが、セーヌ川を渡る前の「ケネディ・レディオ・フランス」駅で降りるつもりだったところを乗り過ごし、ひとつ先の「シャン・ド・マルス・ツール・エッフェル」駅で飛び降りる。
駅名からはエッフェル塔のすぐそばらしいのだが、セーヌ川の川岸をえぐるように作られているこの駅のホームからは見えない。降りたホームの側からはセーヌ川が見えるが、反対ホーム側と頭上はコンクリートの壁に囲われていて何も見えない。この駅では表には出ずに反対ホームから下り(?)電車に乗り換えて、本来の目的地「ケヌディ・ラディオ・フランス」駅で降りる。
こちらはセーヌ川をまたぐ鉄橋の直前にある高架駅。階段を降りるとすぐに川岸の大きな通りに出る。川に沿って南に歩く。「ラジオ・フランス」の今どき風の半円形の建物があるせいもあって、比較的新しい印象を受ける街並み。
最初に現れる橋がグルネル橋。中州には自由の女神像が立っていて、そのうしろ姿を見ながら橋を渡る。自由の女神像の高さはニューヨークにある物の1/3ほど。なにやらうさんくさい感じだか、実はちゃんと謂われがあって、フランス革命100周年の記念にアメリカからやって来たものらしい。つまり、ルーブル美術館のピラミッドと同時期ということだ。
しかし、こんな街はずれの中洲なんかにあるのはなぜだろう?エジプトから贈られたオベリスクはパリの中心線上にあるのに。もっとも、ニューヨークの女神像だって海の中だから、似たようなものだと言えなくもないが。
とは言え、これがシテ島の西端にでもあったら、相当違和感があるだろう。まあ、この場所が無難な線なのかも知れない。
さて、「白鳥の小径」は南端に自由の女神像が立つ人工の中洲で、南北の長さは約500m。今いるグルネル橋からスロープで直接中州に降りることができて、北端のビル・アケム橋もまた同様に中洲とつながっている。自由の女神の顔は拝まずに、小径を歩き出す。
並木の間を伸びる遊歩道。ところどころにある川に向かって据えられたベンチ。食べこぼしでもあるのか、その周囲でなにかをついばんでいる小鳥達。午前中のうららかな日差しと、川面を渡るさわやかな風。それらに誘われるように、木々の緑とセーヌ川の川面が輝いている。
右手にはエッフェル塔。やはり、その存在感は抜群だ。両岸には整然と続くアパルトマンと並木の美しいパリの街並み。小さな貨物船が「トットットッ」と軽いエンジンをたてて、ゆっくりと通り過ぎていく。そして、中洲をまたぐ橋の上を走り抜けて行くメトロ。
美しく、のどかで、開放的で、ゆったりとした時間が流れている。散歩しているだけで、訳もなくウキウキと楽しい気分になる。そんな場所。
ジョギングする人や犬の散歩をする人とたまにすれ違うくらいで、人通りは少ない。他には・・・おっと、ここにもいました。ベンチに腰掛けてワインを嗜む人。今回は中年夫婦。エッフェル塔を臨む木陰のベンチで、ワイングラスを傾けパリの夏を謳歌する様は、出来過ぎた絵画のようだ。
日本人の我々にはこんなシーンは演じられないが、違う何かでこの散歩をもっと満喫しよう。そうだ!手をつなぎ、唄を歌いながら歩く。
♪街を歩く こころ軽く 誰かに会えるこの道で
♪素敵な君に声をかけて こんにちは僕と行きましょう
♪おぉシャンゼリゼ おぉシャンゼリゼ
♪いつもなにか素敵なことが あなたを待つよ おぉシャンゼリゼ
あんたら本当に歌ったんかい?とお疑いのアナタ。そして、よく歌詞を全部覚えていたな~と訝しむアナタ。それらの疑問ごもっともです。
でも、歌っちゃいました。何度も。
そりゃ~大声ではなかったけれど。すれ違う人も、前を行く犬連れの婦人も、そんな我々に気にとめる様子は無し。これこそ、いまこの場所が、
「歌いたくなっても不思議じゃないほどステキだ」
という証しじゃなかろうか。歌詞は、出発前にとりあえず1番だけ覚えてきました。ガイドブックを眺めているうちに、パリの街角を歩きながら「おぉシャンゼリゼ」を歌ったらどんなにか弾んだ気分になるだろうな~と想像してしまったので・・・。
歩いているのはシャンゼリゼではないけれど、本当に心弾む時間そのものだった。
シャイヨー宮
ビル・アケム橋は白鳥の小径の北端に架かる2階建ての金属橋。白鳥の小径に別れを告げて橋の上へ。セーヌ川を隔てて、エッフェル塔が目の前だ。1階は車や人が通るアーチ橋。その1段上に並木道のような橋脚があり、パッシーの丘から伸びてきたメトロ6号線が乗っている。
こんな変則2階建ての橋ながら、なぜか不自然な感じがしない。異質な組み合わせによる造形美が、むしろ力強くもエレガントな雰囲気を漂わせている。
川面をながめながらパッシーの丘の方へと歩く。反対側から、杖をついた可愛らしい老婆がこちらに歩いてくる。きっと、3日振りの晴天で散歩でもしているのだろう。
「ぼ、ぼんじゅーる」
他に人の姿も無い橋の上の歩道。ただすれ違うのでは味気ないので声をかけてみる。
「Bon jour」
にっこりと目を細めて老婆から返事が返ってくる。続けて何やら二言三言あったのだが、フランス語なので理解不能。でも、勝手に「パリはどう?」と聞かれたことにして会話(?)を続けてしまう。
「ビーティフル・・・じゃなくて、せぼん!セボン!おとといはレイニーで昨日はクラウディだった。でも、今日はとってもファインデーなのでハッピーだ。トレビアンッ!」
英単語と仏単語をむちゃくちゃに並べただけだが、きっと意図は伝わったはず。老婆は満足そう何度もうなずくと(かなり身勝手な解釈!)また散歩の続きに戻っていった。
我々も先を目指そう。橋のたもとから、パッシー丘に続く急な階段を登っていくと、その途中にメトロ6号線のパッシー駅がある。なんだか少し汗をかいてきた。太陽も高くなってきたし、風も川の上ほど涼しくない。上着を脱ぐ。
パッシー丘の上には、アール・ヌーヴォー調の落ち着いた感じのアパルトマンと、ちょっとお洒落なヘアサロンやカフェ、ギャラリーなどが入り混じった街が広がっている。そこに、大通りでない普通の表通りと、清潔感のある裏通りとが交差していて、どことなく高級住宅地っぽい雰囲気の漂う街並み。
やがて現れる大きな建物。これが恐らくシャイヨー宮だな・・・。いまはその裏側(西側)にいるのだろう。
塀に沿って歩くこと数分。建物が切れた先に大理石が敷きつめられた広場が見えてくる。観光客の姿も多い。いよいよだ。あそこを曲がると、シャイヨー宮の正面に出るに違いない。そこはエッフェル塔が一番美しく見えると言われる場所なのだ。
シャイヨー宮の裏側から広場へ出る。おお!エッフェル塔・・・でもその前に眩しい!そして暑い!
正面(つまり東)から真夏の太陽が照りつけてくる。ツルツルに研かれた大理石が敷き詰められた地面は、その光線を残さず照り返しているみたいだ。さらに左右にあるシャイヨー宮の壁面からの反射も加わって、この広場の包む太陽光は200%(推定)に達している。
なにくそ、負けてなるものか!
今いるところは広場の一番奥なので、エッフェル塔のヒザから上あたりしか見えない。前に進もう。まず上着を脱ぐ。続いて日本から持ってきた「ギャッツビー・メンズフェイシャルタオル」で顔と首筋をゴシゴシ。最後に、露店で売っている3ユーロもするミネラルウォーターを購入。
ふう~・・・
って、まるっきり暑さに負けてるじゃん。しかも完敗だ。半そでシャツとショートパンツがあったのに、なんで、わざわざジャケットなど着てきてしまったのか?今日は晴れだ、と出かける前にわかっていたのに・・・。やはり、私にオシャレは似合わない。いや、オシャレをするには体重が増えすぎた。
ブラボー!
思わず声が出る美しさ。足下に見えるトロカデロ広場の池と噴水、大理石の階段と石だたみ、そして芝生。それらが夏の太陽にまばゆく煌めいている。
美しい遠近感を描き出したその公園の向こうには、セーヌ川に架るイエナ橋が続き、それを越えるとエッフェル塔が優美で力強い姿を魅せている。さらに奥にはシャン・ド・マルス公園が鮮やかな緑が続き、エッフェル塔の股の間から陸軍士官学校が見えている。
逆光のために色は若干黒くみえるが、むしろ後光が射しているかのようで神々しくさえある。エッフェル塔の気品漂う姿を婦人に例えるなら、シャン・ド・マルス公園はじゅうたんの敷かれた廊下。そして、今いるシャイヨー宮と連なるトロカデロ公園や噴水などは、長く伸びたドレスの裾のようだ。
シャン・ド・マルス公園
下に降りて、トロカデロ公園の噴水で手を濡らしたあと、イエナ橋を渡ってエッフェル塔の間近へと向かう。真正面からの陽射しを浴びているので暑い。川から風があがってくるが、涼しさまでは運んできてはくれない。ただ、橋の欄干に並んだ旗をなびかせるだけだ。
この旗は2012年のオリンピック誘致キャンペーンのものらしい。エッフェル塔の第一展望台の壁面にもでっかく「PARIS2012」と書かれているのが見える。
ところが残念ながら、このわずか5日後の7月6日、IOC総会において、大本命のパリをおさえてロンドンが開催地に決定されるのだ。そんなこととは露知らず、我々はこの時この飾りつけが2012年のオリンピック開催地はパリで、飾りつけはそれを祝うものだと思い込んでいた。
1889年に開催されたパリ万博に間に合わせるために、わずか2年4ヶ月の突貫工事で建造されたというエッフェル塔。高さは318m。その真下に到着。
凄い混雑。エレベーターでも徒歩でも上にあがれるのだか、どちらも長い行列ができて、幾重にもトグロを巻いている。展望台へと登ってみたいのはやまやまだが、戻ってくるのに何時間かかるか想像もできない。諦めて外からじっくり眺めることにしよう。
綺麗なアーチを描く緩やかな曲線に、細かな鉄骨が美しい刺繍のように組み合わさって、それが四方に延びている。
塔の真下付近から上をみると、吸い込まれそうというか、目がまわるというか・・・なんだかそんな感覚。東京タワーではこんな風にならないのに不思議だ。
そうか・・・東京タワーだと、今いる辺りは水族館やレストラン街の入ったビルになっているから、このアングルに立つことは出来ないのだ。エッフェル塔に昇るエレベーターは、脚のなかを斜めに上昇していくので、股のしたはスッキリしている。もっとも、目が回りそうになったのは、ずーっと上ばかり見ていたせいで貧血気味になったからかも知れない。
あんなところに人が!
アーチの頂点の上には第一展望台が載っているのだが、その下のキャットウォークらしき所に4つの人影が見える。オレンジ色の服からしてレスキュー隊に違いない。どこの国にも人騒がせな輩っているもんだ。それにしても衆人環視のなか、よくあんな高くまで登れたものだ。それとも逆に、第一展望台から降りようとしていたのだろうか?
しばらくすると、レスキュー隊員1名と、首から下をミノムシ状にシートにくるまれた人物が、ロープを伝ってゆっくりゆっくり降りてきた。展望台に戻ってエレベーターで降りてきた方がよっぽど楽だと思うのだが、なぜ敢えて苦難の道を選択するのだろう?
2人は長い時間をかけて、だんだんと地面に迫ってくる。見ているこっちは首が痛い。早くしてくれ。
着地予定地点の周りに、徐々に人が集まってきた。が、それは子供ばかり。
大人達は遠巻きに見ているだけ・・・というよりも、その多くは行列から抜けられずにいるのだろう。やがて、ふたりが地面に到着した。ここでゴロンと横倒しになったミノムシ状の彼が、実はレスキュー隊員だったと判明。訓練だったのだ。
それにしても、歓声はおろか拍手のひとつさえも起こらない。これだけ長時間にわたり、こんな大勢の視線を釘付けにしておきながら、なんとも盛り上がらないエンディング。もうちょっと何か演出や周囲へのアピールがあっても良いんではないのかレスキュー隊?
まあ、とりあえず物珍しいものを見れたし、多少煮えきらない思いは残るものの、それは胸の奥にしまって、撤収を始めたレスキュー隊を横目にシャン・ド・マルス公園へと歩を進める。
エッフェル塔のシックな茶色をしたボディは、順光を受けて鮮やかな輝きを放っている。青空をバッグに映えるその姿の美しさは言葉にならない。
言葉に表せないので、その替わりに写真を沢山撮ることにする。開放感あふれるシャン・ド・マルス公園の芝生を陸軍士官学校の方へと歩きながら、時々うしろを振り返っては、また撮る。
さっきとは逆に、エッフェル塔の股間から見えるのはシャイヨー宮。高さ318mの塔は、近くからだとなかなか全体がファインダーに収まらなくて苦労する。
そういえば昨日の現地ガイドさんの話によると、温度によって鉄が伸び縮みするので、塔の高さは微妙に変化するらしい。ということは、夏のいまの時期が一番背が高いということだ。
しかも今日はこの暑さ。ほぼMAXに違いない。
日差しがジリジリと暑い。恐らく35℃くらいはあるんじゃなかろうかと思われるが、比較的空気が乾燥しているので不快感はない。真夏の太陽のした、まだところによって芝生がぬかるんでいる。昨日の激しい雨のせいだ。
そこで途中からは、芝生と並木の間の砂利のところを歩くことにする。そもそも、こっちが本来歩くべきところであって、芝生は犬がフンをするところなのだ(←誤った解釈)。