真実の口
昨日で団体行動は終了。よって、何日ぶりかに時間を気にせず朝寝する。それでも午前9時前には起き、朝食を摂り、そして出かける。
7月5日火曜日。今日から後半戦、6日目となる。テルミニ駅でタクシーに乗り、地下鉄のチルコマッシモ駅近くで降りる。
近くに黄色い集団がいる。30人ほどの黄色い服の人々。黄色地に青い模様が描かれた旗を多数たなびかせている。サッカーファンの集いか?はたまた、なにか抗議行動をする人々か?と思って遠巻きに様子を伺うが、そのどちらでもなさそうだ。
だったら何かのイベントだろうと見当をつけ、近付く。テーブルの上に無造作にばら蒔かれた大きめのキャンディの包みの様なものを勧められる。
「フリー」
一瞬躊躇した我々の心のうちを見透かされたらしい。そう?タダなの。
だったら・・・とそれが何なのか分からないまま、ひと握り頂く。手元にある5~6個のその包みをじっくり観察すると、カッテージチーズの試供品だった。チーズのキャンペーンにしては随分大がかりだ。大がかりな割には随分へんぴな場所でやっている。ここはローマ市街の東のはずれ。通行人は少ない。
チルコマッシモは、古代ローマ時代の競技場の跡。かつては戦車が走り回っていたらしいが、今の姿は丘の間の低地にある荒れた運動場といった感じ。
恐らく週末にイベントがあったらしく、テントやステージの解体作業がダラダラと行われている。
対岸のパラテイーノの丘の建物が、辛うじて遺跡っぽさを漂わせているだけだ。歩いているこちら側は並木道になっていてるが、まばらな感じで暑さを和らげてはくれない。
チルコ・マッシモを過ぎて坂を下っていくと、市街地になる。右側にある教会がサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。建物の一角が赤茶けたレンガ積みの柱と太い鉄冊で区切られていて、その突き当たりには丸く大きなアイツが壁に張り付くようにしていた。真実の口だ。
一昨日、バスで通った時には長い行列が出来ていたが、今は平日の午前中のためか10人ほどが並んでいるだけ。次の人にカメラを渡したら、口の前に立って笑顔でお決まりのポーズ。この作業が、国籍を越えて順繰りに行なわれている。私が撮ってあげたのは、スペイン系とアラビア系の混血っぽいヒゲ面の親父さんとその家族。我々を撮ってくれたのは北欧系の若いカップルだった。
テヴェレ川とティベリーナ島
少し歩くとテヴェレ川にでた。左岸から右岸にむかってパラティーノ橋を渡る。橋の長さは100mほどだが、水面からの高さは結構ある。
両岸も切り立っていて、川が街を削って渓を造っている感じ。流れも早い。水は青味を帯びたねずみ色をしている。
すぐ上流には古代ローマ時代の壊れた橋があり、そしてティベリーナ島が見える。船の様に見えるティベリーナ島は、その上甲板が両岸と橋で繋がっている。
水面に近い部分はレストランのテラスのようになっているが、ランチタイムまで間があるので、まだセッティングはされていない。
路駐が多い小さな島の広場は人通りも多く、小さな村の祭り前の賑わいといった雰囲気。左岸から島を通って右岸へ出る。さらに階段を降りて、水面近くの川岸へ。
水際には大小の草木が生い茂っている。遊歩道が整備されているが、どことなく放りっぱなしな感じで、他に歩く人の姿はない。
ティベリーナ島の家々を見上げ、うねる水の流れを見下ろす。この辺りの急流は、防衛上の理由で人工的に造り出されたものかも知れない。
やや歩くと、両岸まで伸びた小さな堰があって、50cmくらいの滝(?)になっている。それが作る渦が絶妙らしく、色とりどりのペットボトルと、どういう訳か沢山のゴムボールが抜け出せずに上下している。
人影が動いたので凝視すると釣り人がいた。テベレ川のほとりで釣りをする老人とその犬。かわいい帽子をかぶって堤に腰かけ、ピクリともしないウキを見るともなしに、のんびりと煙草をくゆらしている・・・。
身勝手な話だが、こんな時、こんな風景を期待してしまう。
ところが、目の前にあるのは真逆といえる風景だった。流れに乗りだすようにしてポイントに糸を垂らし、竿をせわしく上げ下げしている中年男性。連れているのも犬ではなく、奥さんと思しき女性。彼女もなにやら水中を指差したらり、声をかけたりしている。ハングリー精神むき出しのふたり。
さらにいけないのは魚が釣れてしまったこと。しかも、結構な大きさ。全長50cmくらいで胴の太い灰色の魚だった。
ふたたび橋を渡って右岸へ向かう。小さなトゥルリッサ広場には、広場全体におおい被さる様に枝をひろげた木があって涼しい。暑さをしのげるからか野良猫が多い。それとホームレスがふたり。
彼らも暑さを避けて、広場の名前にもなっている詩人トゥルリッサの像の前に寝転がっている。何となくおっかないので、像の写真を撮るのは控える。
我々もクールダウンのために、地図に載っていたバールに立ち寄る。店内はカウンターと、奥にテーブル席がある。椅子やテーブルなどのインテリアに原色が使われていて、外観と異なりモダンな雰囲気。さて、何をオーダーするかだが・・・。
地図はガイドブックから切り放して持っていたため、店の場所と名前しか判らず、なにがお勧めなのかという肝心な情報がない。結果、私はビール、あこはエスプレッソをオーダーし、飲み終えたらすぐに店をあとにした。
木陰の続く右岸の道を下流に向かって歩く・・・が、ここでアクシデント発生。スポーツサンダルを履いているあこが足の裏、かかとの辺りから流血。どうやら、ガラスの破片を巻き上げて踏んづけたらしい。幸いたいしたことはなさそうだが、少し先の広場まで行き、そこからタクシーでホテルに戻ることにした。
部屋についたら移動の準備。少し荷物を減らさねば。
減らす・・・と言っても、要らない物を旅先に持ってくる訳ではないので、捨てるものなんてほとんどない。強いて挙げるなら、やはり湯沸しポット。それにカップ麺のたぐい。全く消化してないぞ。でも、ポットは親からの借り物なので捨てるわけにはいかない。気休めに、ゴムの緩んだパンツをゴミ箱に入れる。屁の突っ張りにもならない。
やはりガイドブックに手をつけるしかない。
パリとローマの「るるぶ」は容赦なく捨てる。分厚い地球の歩き方も、引き裂いて、必要なページを除いて捨てる。重さは1/5位になったが、バラバラになった本は、機動性の低下という新たな問題を抱えてしまった。
アルプスを越えて
迎えのイタリア人「オモデー氏」は一目で判った。添乗員スズキさんが描写したまんまの彼が、ロビーのソファに身を沈めていた。
ドライバー付きの車が表に待ち構えていて、フィウミチーノ空港へと我々を連れて行ってくれる。
オモデー氏が唯一話す日本語の「ゼイキン?」はつまり、関税を申告する買い物をしたかを問うものだった。ローマの3日間で買ったのは、レモンリキュールと髪止めだけ。そのくせ、荷物は妙に重い。
乗るのはアリタリア航空578便。ジュネーブまでの飛行は2時間足らず。写真を撮りまくったあこは、まだ旅程を1/3残しているのに、デジカメのメモリーが残り僅か。1ギガを1枚と、512メガを2枚持ってきたにも関わらずだ。そこでメモリーを買い足す。それもドォーンと1ギガだ(この頃まだ高価で1ギガで1万円くらいした)。今さら省エネ撮影しても仕方がない。
買ったは良いが、これが欧米ではよくあるパターンで、メモリーは盗難防止のため大きく頑丈なPETの板にサンドイッチされている。取り出すのが超大変なのだ。旅先に、ましては空港にハサミやカッターを持って来る訳がない。結局、ジュネーブのホテルに入ったあと、部屋のキーを突き刺したり、ノコギリ替わりにしたり、大変な苦労の末に取り出したのだった。
フライトまでのしばらく時間があるので、好きな食材をバイキング風に選べるフードコートで腹ごしらえすることにする。大きな窓の外には、イタリアの夏の日差しを浴びて白く光る飛行場のコンクリートを眺めながらビールを傾ける。悪くない気分。
やがて我々は機内の人に。緑と小麦色と赤茶色に見えたイタリアの大地は、アルプスが近付くにつれ緑が増し青味を帯びてくる。いよいよアルプス超えかという頃、雲がかかって来て下界は全く見えなくなってしまった。
その後も、4000m級の山々が雲海を尽き抜けて姿を現すかと期待して見続けるが、やっぱり駄目。つまらん。
しばらくののち、再び窓の外に目をやると・・・ややっ!見えるっ!
雲海がところどころに切れ間ができて、地面が見える。明るい緑をした丘や山。深い青をした湖。それらを黒い帯の様に川が結んでいる。さらに目を凝らすと、地平線・・・じゃなくて雲海が造った水平線の近くには、半島の様に峰々が横たわっている。いずれも雪や氷河に包まれて白い。しかし、雲より光を反射している。
機内誌に航路図はなく、どの辺を飛んでいるか、山の名前も分からない。でも、明日かそれとも明後日には、あの山々の何れかを間近で見られるかと思うと、今からワクワクする。大きく湖面が広がると機は既に着陸体制。レマン湖だ。