出国
ニュースの画面には、大混乱のロサンゼルス空港の映像が流れていた。アメリカ独立記念日の7月4日午前11時30分(現地時間)イスラエル航空のカウンター前で発砲事件が発生。犯人と職員1名、乗客1名が死亡。7人が怪我をしたとのことであった。
オイオイ、出発は明日だぞ。この騒ぎでロス経由便が足止めを食うなんてことはないだろうなぁ。もしも、そうなったら総務課を恨んでやる。
本社勤務の面々はラスベガス直行の成田発のJAL便で、あこもこれに乗る。しかし、地方支店や子会社チームの利用便はロサンゼルス経由なのだ。ラスベガスに着くのは、直行便よりも5時間も遅い。う~ん、これって差別じゃないの?
さて、社員旅行の今回の行き先はラスベガス。過去の社員旅行での海外はいずれもハワイだったから、その点では大きな変化である。しかし企画の段階では結構みんな好き勝手言っていたらしい。
「暑い」
「つまらない」
「オーストラリアの方が良い」
しかし、これらを退け前年の夏にはラスベガスに決定。やはり、数100人規模の老若男女が安全に過ごせる海外旅行となると、場所が限定されるのだろう。つまり、ハワイを除くとラスベガスくらいしかないのだ。
ラスベガス旅行の決定から数ヶ月後の2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ発生。
一時は決行が危ぶまれたものの、春には正式な日程が発表された。行程は4泊6日で第1班と第2班が編成された。先に第1班が出国し、その帰国を待って入れ違いに第2班が出国する。
私もあこも第2班。現地では、社内コンペとグランドキャニオンツアーが企画されているが、これらはいずれも自由参加。3日目の夜の記念パーティ以外はフリー。本来、お堅い社風ながら、この辺の自由時間の多さは評価できる。
「俺も行ったけどベガスはつまらんぞ。ベガスだけに4泊?長いな。7月?相当暑いぞ」
というのが出発前のT朗の意見。どうもベガスは評判がよろしくない。だからと言って「部屋で呑んでカジノ行って」だけでは、ますますつまらない。
そこで、
①グランドキャニオンのオプショナルツアー
②レンタカーでドライブ
③砂漠でのマシンガン射撃ツアー
などを企画。①は社員の多くが参加が予想されるオプショナルツアーとは別に「ウェストリム行きツアー」を個人で申し込む。
②は、いつの間にやら、あこの同期と後輩らが同行することになり、男1名(私)と女6名の大所帯になっていた。借りる日にちを決定し、ネットで7人乗りのミニバンを予約。でも、ドライバーは私1人。これは波瀾の予感。
③は、状況によって現地で予約することとした。そんな矢先に起きたロサンゼルス空港での発砲事件だったのだ。が、 とにもかくにも7月5日午後5時10分、全日空006便はロサンゼルスに向けて飛び立ったのであった。
ロサンゼルス
日付変更線をまたぎ、現地時間で7月5日(金)の午前11時過ぎ、ロサンゼルス到着。
「9・11」以降、どこの空港でも警備が強化されていることは報道の通りで、当然ながらロサンゼルスでの入国審査には時間を要した。とは言え、厳戒態勢ってほどではない印象。昨日の発砲事件の影響も、さほどでも無いようだ。
ラスベガス行きへの乗り継ぎの空き時間を利用して空港内を探索する。野次馬根性むき出しに、ひとつ上のフロアにあるイスラエル航空のカウンターをのぞいてみる。
特に規制線が貼られている訳でも無く、別に混乱した様子は無い。
しかし、構内に夏のカルフォルニアの陽気な雰囲気や賑わいを感じない。これは事件のせいか?それとも先入観だろうか?
ラスベガス行きのナショナル航空306便は午後1時発。乗り継ぎ時間は2時間以上もある。どうやって時間を費やせば良いのだろう?
「なんだよ、暇だな」
到着直後から、みんな不満を口にしていた。ところがその懸念は無用だった。全員が入国審査を通過するまで既に30分以上。国際線到着口から国内線ナショナル航空のカウンターまでの、重い荷物を引きながらの移動に15分くらい。それに、何と言っても1番時間を要したのは、そこでの発券の遅さ。
我々社員だけでも100人位が並んでいたとはいえ、1番後方にいた私がチケットを受け取るまで1時間以上も並ぶ破目になった。気が付けば離陸10分前になっていた。むしろ、そそくさと搭乗口へ。
ラスベガスまでの飛行は約1時間。羽田~大阪間の移動くらいの感覚だ。
緑の多いロサンゼルスの街が山脈の向こうに遠ざかると、眼下には見渡す限りの茶色い大地が広がる。
地上には延々と細く続く道と、ところどころに建物らしき物が確認できる。しかし、河や森や畑などの水分を帯びた景色はない。乾燥した荒野が果てしなく続くなかを、飛行機の影が滑るように進んで行く。
やがて、ベルト着用サインが消え、機内サービスが始まった。最初に袋入りのナッツが配られ、その後、ドリンクとなる。客室最後方と中間地点の2箇所から前方に向かってサービスが始まる。中間地点からやや後方となった私の座る列が一連のサービスを受けるのは最後から2番目になりそうだ。まあ、これは仕方がない。
しかし・・・。
ようやく私の後ろの席までサービスがあり、ようやく私にドリンクが配られるその直前、ベルト着用サインが点灯。機は着陸体勢に入った。すると白人スチュワーデスは、日本人3人が座る我々の列を飛び越し、我々の1列前に座る西洋人3人へサービスを行なうと、そのまま我々を無視して自分の乗務員用シートに着席。
私はナッツの袋を握り締める。
「うぉのれ~ッ、豆だけか?東洋人をハト扱いしやがってからに!」
しばらくののち、機はラスベガス・マッカラン空港に着陸。降りる際にさっきの客室乗務員を睨みつけてやったが、彼女は知らんぷり。かといって、文句を言えるほどの英会話能力を備えているはずも無く、フラストレーションを抱えたままラスベガスの地を踏みしめる。
ラスベガス
こりゃ暑い・・・。体の表面を熱風で圧迫されているような感覚。持ってきたキーホルダーサイズの温度計に目をやると、なんと39℃を指している。もう、滞在中に温度計を見るのは止めよう。見ると気が滅入ってくる。
バスでホテルへと移動。
我々の向かうホテルは「トレジャーアイランド」。客室は約2900室もあるが、これでもラスベガスでは普通のサイズらしい。ここは冒険小説「宝島」をテーマにしており、炎を吹き上げる「バッカニア湾海賊ショー」が人気のホテル。
ホテルに着いてからの旅行会社による説明と、部屋での荷物整理を済んだ頃には、もう午後5時近くなっていた。ベランダもなく、開きもしない部屋の窓からは、ラスベガスのメインストリート「ストリップ」が左手に見え、およそ南から西に向けての景色が見える。夕陽と呼ぶには、まだ、ずいぶんと高いところにある太陽から、眩しい日差しが窓に当たっている。
部屋のインテリアはドギツイ赤が基調。廊下側の壁面は全面ミラーとなっており、何だかラブホテルの様なインテリア。
ウ~ム、落ち着かん。
テレビの脇にある冷蔵庫を開けてみる。何も入っていない。時間を潰すなら部屋じゃなくてカジノで金を落として行け・・・という部屋の構造だな。
今回、同室となるのは松本営業所の若手で、今日が初対面。既にどこかへ出かけたらしく、スーツケースはあるが姿は見えない。
参加人数の少ない子会社や地方の者は、この様に普段縁が無い者同士の部屋割りなる場合が多い。しかしこれも考え様で、なまじっか知っている人と同室になるより気を使わないし、部屋が溜まり場になることもないというメリットもある。
同じ子会社チームのO河さん、K下さんと共にカジノに降りる。ウェイトレスにチップとして1ドルを渡し、バドワイザーをオーダー。そして、しばしスロットマシンに興じる。
トントンと肩を叩かれて振り向くと、あことその仲間達の計6人。直行便で午前中に到着した彼女達は、アウトレットで買い物をしたり、テーマホテル巡りなどをしていたらしい。さらに、ストラトルフィア展望台にまで足を伸ばしたらしい。やはり、5時間のアドバンテージは大きい。
「部屋どこ?ツアーデスクで聞いた番号にかけたら外人が出たよ」
どうやらツアーデスクでは、私の部屋番号を間違って把握している様だ。まぁ、特に差し支えないだろう。どうせ、連絡事項はツアーデスクに見に行くんだし。
それどころか、部屋番号がオープンになってないことで、面倒な上司・先輩などからの煩わしいお誘い電話を受ける心配も皆無。必要のある人達にだけ部屋番号を伝えておけば良かろう。むしろ、このままに放っておいたほうが好都合じゃないか!
しかし、これが後日ちょっとした落とし穴になろうとは、このとき気付く訳もなかった。
夕食は、あこと2人でトレジャーアイランドの隣りのホテル・ミラージュへと向かう。トラムで結ばれた2つのホテルは実は同じ系列で、エコノミーなファミリー向けがトレジャーアイランド。一方、ミラージュはアッパー向けという設定らしい。我々にすれば「豪華海外社員旅行御一行様」もラスベガスの中に入ってしまえば、あくまでもエコノミーに過ぎないのだ。
トラムを待つ列に並んでいると、白人の親子連れが話し掛けてきた。
「何分くらい待つのか?」
周囲に西洋人はいくらでもいるのに、どうして私に聞くかなあ?「今来たばかりで分からない」と答えるのがやっと。
ミラージュのカジノフロアは、熱帯雨林のジャングルをイメージしていて、河が流れ、小さな滝もある。その周囲には熱帯の木々が生い茂っている。天井は昼間なら太陽光が射し込むであろうガラス張り。そのフロアの真ん中にあるのがサンバ・グリル(SAMBA GRILL)で、ブラジル料理の店。つまり、大きな肉の塊を太い串に刺して豪快に焼いて食べるシュラスコの店だ。
カジノとは低い壁や観葉植物で区切られているだけだから店内は騒がしい。でも、陽気なサンバのリズムに加え、やたらと陽気な髭を生やしたウェイターとのやりとりで、騒がしさはむしろ楽しい気分にさられる。
その彼らが、長さが1mほどもある串に肉を刺し、テーブルの脇で切り分けてくれる様子は豪快。
もうひとつ豪快なのは、直径20cmもあるグラスに注がれた巨大なマルガリータ。2人で飲んで丁度良いサイズ。