シャフハウゼンの朝
8月16日木曜日。部屋の窓から外を見る。雨は降っていないが空はどんよりとして、黒く濡れたアスファルト道路には木の葉がピタッと張り付いている。
さてと、今日のライン川下りはどうするかな?
とりあえず朝食にしよう。寝室を出たら階段を登り、エレベーターに乗り、それを降りたら階段を下るとレセプション。建物の奥に進むと朝食を摂るダイニングとなっている。
それはともかく、我々の部屋って、あのルート以外に行き来する方法はないんだろうか?エレベーターが故障したら閉じ込められちゃうワケ?
朝食はビュッフェ形式ではなく、ちゃんと給事の女性が居てハムやチーズ等をよそってくれる。ジュースもコップが半分を切るとすぐになみなみと注いでくれる。
部屋は館の広間のような感じで、テーブルや戸棚などの調度品は高価そうに見える。ところ狭しと並んだインテリアや骨董品などは、中国をはじめとした東洋のもので固められている。
この館の主人の好みなのだろうが、日本人の我々からすると若干下品に感じられなくもない。
窓の外は小雨が降り始めた。こりゃアカンな・・・。川下りはあきらめて電車移動にするとしよう。
荷物を整理してレセプションへ。奥で電話をしていた親父さんが出てきた。これがまた昨日とは全く逆の印象を受ける対応。
「破顔」と言ってよい程の笑顔。大きなジェスチャーを交えつつも、相変わらずバリバリのドイツ語なので何を言っているのかは、昨晩同様に不明。
なのに、最後は両手で握手を求められた上に、玄関を出る我々に対し中国人がやるような両手を胸の前で合わせてお辞儀までして見送ってくれる親父さん。
昨晩の夕食のときに多額のチップを置いてきた訳ではない。多額どころか、一切置いてきていない。やっぱり、あの親父さん、見た目は頑固なドイツ親父だが本当はとてもいい人なんじゃなかろうか?
昨晩の「Do you understand?」は、別にぶっきらぼうに振舞った訳ではなくて、ドイツ国境の田舎街に住むあの親父さんの英会話能力は恐らく我々と同レベルで、あんなストレートな表現しか出来なかったのだろう。
折り畳み傘を用意しておいたのだが、表に出たら雨は止んでいた。でも、川下りはあきらめる。それに、乗ろうとしていた船は午前9時10分発。すでにその時刻を過ぎていた。
今日の目的地はボーデン湖畔のドイツの街コンスタンツ。船だと5時間近くかかるが、鉄道なら1時間半もかからない。つまり、時間に余裕が出来た訳で、駅の手荷物預かり所にスーツケースを預けて、旧市街を散策することにする。
ゴミ収集日らしく、噴水の周りや通りの角などにはゴミ袋が積まれている。昨日は静かだった旧市街も、今朝は狭い道を行き来する大きな収集車の音で賑やかだ。
駅前でバスを待つ人達の脇を抜けて、雨上がりの旧市街へ。主だった観光スポットはだいたい昨日のうちに立ち寄ったので、まだ歩いてなさそうな路地を選んで歩いてみる。
空はまだ暗く、様々な彩色を施された両側の建物もまだ目覚めていない様に見える。濡れた石だたみの道は、その1枚1枚が鈍く光り、長い年月をかけて表面が研かれたことをより強く感じさせてくれる。
街をひと巡りして駅に戻ったら、窓口でシュタイン・アム・ラインまでの切符を買う。シュタイン・アム・ラインは、今日の目的地であるコンスタンツまでの中間地点あたりにある小さな町だ。
もし、川下りの船に乗れていたら途中下船する予定だった場所。
列車は午前10時31分発。預けていた荷物を受け取ってホームへ。やってきたのは2両編制のローカル列車だが、白を基調とした流線型ボディでなかなかカッコイイ。
車内はポップな色使いのシートと大きな窓のおかげで明るい雰囲気。日本のローカル線とはだいぶ違う。
走りっぷりも違う。とにかく騒音と振動が少ない。ドアや窓の密閉性の高さを感じる。それに速い。最後尾にある運転席のメーターを見ると最高速度は120kmくらい出ている。
しかし、乗客の人数はいかにもローカル線と言った感じで、2両合わせても10人もいない。ワンマン運転のようで車掌の姿も無い。窓の外もローカル。穀倉地帯が続き、時折、ライン川が見え、誰も乗り降りしない田園地帯の中の小さな駅に停車する。
ライン川の宝石
午前11時、ローカル列車はシュタイン・アム・ライン駅に到着。乗降客は我々を含めて数人。
小さな駅の駅員は、華奢な体にモジャモジャの口ひげをたくわえた優しそうなおじさんが一人窓口に居るだけ。スーツケースを預けると、
「正午から午後1時までは窓口が昼休みだがOKか?」
とのこと。列車は1時間に1本しかない。午後12時57分発の列車に乗りたい旨を伝えるとニッコリと微笑み、10分前には駅に戻ると言ってくれた。
シュタイン・アム・ラインとはドイツ語で「ライン川の宝石」という意味だそうだ。
駅からは、宝石に例えられる町はおろかライン川すら見えない。ひなびた駅前通りを行き、角をふたつばかり折れると緩やかな下り坂。その先に橋が架かっている。
坂の途中で、駅で見かけた大きな手提げを持ってかなりスローな歩みのおばあさんに追い付く。荷物を持ってあげたい衝動にかられるが、あの感じでは荷物を持ってあげても歩く速さに変化はなさそうだし、町に着くまでは計り知れない時間がかかりそうだ。申し訳ないが容赦なく抜き去ることにする。
橋のたもとまでくると、ライン川とその岸に寄り添う一塊の町並みが現れた。階段で石だたみの河原に降りられる。
曇り空の下、ライン川の流れは黒々としている。シュタイン・アム・ラインの町も暗く沈んで見え、まだ宝石らしい感じは伝わってこない。背後の山の上からはホーエンクリンゲン城が見下ろしてる。
目の前を遊覧船が通過していく。船名は「シャフハウゼン号」。時計を見ると午前11時15分。どうやら、乗るつもりだったライン川クルーズの船に追いついたらしい。こんな天気でも結構人が乗っている。
遠ざかる船をボンヤリと見送っていると、船が作った波が押し寄せてきた。慌てて逃げる・・・が逃げ場がない。階段を2-3段登って波をやり過ごす。
橋の上に戻ると、さっき追い抜いたおばあさんに再び追いつく。パラパラと雨が降ってきた。折り畳み傘を出す。振り返ると、おばあさんもしっかりと傘を持っていた。ひと安心。これでもう振り返ることなくシュタイン・アム・ラインの町を目指せる。
橋を渡り切るとシュタイン・アム・ラインの入口。
左側の家は全面が壁画。突き当たり正面の建物は下半分が壁画で、上半分は木組みになっている。
あそこを左に曲がれば、シュタインアムラインの目抜き通り。車は街の中心には入れない様になっていて、右にしか行けない。
橋と町の境界あたりの数10mは道が狭いので、車は信号機にしたがって交互通行をしている。
はやる気持ちを抑えて、わざと手前の路地を右へ。そこは路地のようでもあるし、聖ゲオルグ修道院の中庭の様でもある場所。自然と左に折れて、すぐに車の通る道にでてしまった。
橋のところから突き当たりに見えていた建物は、ラートハウスと呼ばれる市庁舎。その脇を抜けて開けた広場にでる。
こりゃ~凄い。こんな時によく「おとぎの国に来たようだ」なんて表現されるが、まさにそう。この一帯だけが時間の流れが止まってしまっているのか、逆に我々が中世にタイムスリップしたのか・・・。
ラートハウス広場と呼ばれる細長いこの広場には、そんな不思議に気持ちにさせる空気が漂っている
背後にある市庁舎の上半分は木組みの壁と天守閣のような大きな屋根、そして小さな時計。広場を囲む建物には全て壁いっぱいに壁画が描かれ、その壁から突き出した袖看板や、エンカーと呼ばれる出窓もたくさん見えている。
直径200mくらいの小さな街なので、ただ歩いてはあっという間に終わってしまう。美しい町の真ん中に飛び出したい衝動を抑え、まずはインフォメーションに行ってパンフレットでも貰ってくることにする。
ガイドブックの地図と壁の標識を頼りに市庁舎の裏手にあるインフォメーションを目指す。
おかしい・・・。
こんな小さな町なのにインフォメーションが見つからない。一軒一軒の扉を確認し、窓の中をのぞき込みながら進む。
地図どおりなら、もう10m圏内まで来ているはずなんだがな~。
念のため、通りの反対側を調べてみよう。しばらくその辺を行ったり来たりしたのち、地図の印象とは若干ずれたところに自由に出入りできるスペースがあったので入ってみる。なかは薄暗く、数体の蝋人形が展示されているだけで、役に立ちそう情報はなにもない。まさか、ここかい?
なんだかキツネにつままれたような気分だが、おとぎの国の出来事ってことで許すことにしよう。
それでは、いよいよシュタイン・アム・ラインの町中へ歩を進めることにする。相変わらずの曇り空。でも、町歩きなら問題なし。
うっすらと濡れた石だたみはその質感を増し、窓辺の花は雨に濡れてむしろ瑞々しい様にも感じる。
曇り空なので一方向からの強い日差しでない分、まんべんなく光がまわっているから、広場を囲む壁画はどれもはっきりと見て取れる。
逆に、影がにじんだ路地や軒下や物陰などは程よく奥行き感をだして、中世の街並みを絶妙に演出してくれる。
細長いラートハウス広場はすぐに細くすぼまって、そのままウンター通りになる。通りの先には町の西端にあるウンター門が見えている。
ウンター通りに入ると壁画の建物はほとんどなくなるが、カフェやみやげ物屋の出窓や袖看板を眺めたり、それを写真収めたりしながら、ゆっくりゆっくりと歩く。ウンター門の手前の人だかりは、パンやソーセージを売る店だった。いい匂いが漂っている。
ウンター門のところで旧市街は終了。門の外は車の通る道で、観光客用の広いパーキングもある。その一角に公衆トイレを発見。
いや~助かった。こうゆう旧市街って、飲食店か大きなデパートにでも入らないとなかなかトイレって無いんだよね。さて、心身ともにスッキリしたところで、城壁の外側を歩いてライン川方向へ。
船着場へ出る。もし、今日の天気が良くて予定通りライン川クルーズだった場合も、ここで途中下船して町を散策するつもりだったのだが、その時にスーツケースをどうするかという課題が残っていた。
これに対して我々が出した結論は、船着場で預かってくれるだろうし、もしかしたらコインロッカーがあるかもしれない。それらがダメだったら、自転車用のチェーンロックで2つのスーツケースの取っ手を結び、待合室に放置しておけば良いだろう(実際、日本からチェーンロックを持参していた)。最悪でも少し歩くが、インフォメーションでお願いすれば大丈夫だろう・・・と言うものだった。
ところがどっこい、この目論見は大ハズレだった。
船着場には小さな桟橋があるだけで、待合所などありはしない。あとはベンチとみやげ物屋だけ。
いくらチェーンロックをかけても、ここに放置していくのはちょっと無理でしょ。
あとは、カフェで食事でもして、そこでお願いして預かって貰うくらいしか方法はなさそうだ。こりゃあ、スーツケースを携行してのクルーズは無理だったな。インフォメーションは結局見つからなかった訳だし。
路地を歩く。華やかなウンター通りからは想像できなかったが、ライン川とウンター通りの間には普通の民家のような建物があり、そこには緑豊かな庭先があったりする。
ウンター通りを横切り、あたりに誰もいない小さな広場を抜けて、町の北側にあるオーバー門に至る。振り返ると、ライン川に向かって緩やかな下り坂となった道の両側に、静かな佇まいの町並みが続いていた。
小腹が減ってきたので、ウンター門のところまで戻り、人だかりのしているパンとソーセージの店へ。ソーセージを挟んだハンバーガーのような物をオーダーし、待つこと5分。中世の町角で頬ばるハンバーガーも悪くない。
美しい町の片隅で、行き交う人を眺めたり、足元に近寄ってくるスズメにパン粉を与えたり、ウンター門を見上げたりしながら、ハンバーガーにかぶりつく。大きくて結構食べ応えがある。
なぜだろう?
立ち寄った町で、そこでなにか食べるのと食べないとでは、食べた時の方が町の隅々まで味わった様な気になる。
最後にもう一度ゆっくりとウンター通りを歩き、ラートハウス広場の壁画や出窓の競演を眺めたら、駅へ向かう。
橋の上からもう一度シュタイン・アム・ラインをみる。
小さくて可愛い町だが、ここから眺めるだけでは、町中があれほど華やかに彩られているとは想像出来ないだろう。ところどころに青空も見えてきた。ラインの流れも少し明るく見える。
少し早いが、12時40分頃に駅に到着。窓口は閉まっていて駅員さんはいない。他に客の姿もない。観光客の多くは車か船で来るのかも知れない。
そういえば、サイクリングで来ている人も結構見掛けたっけ。
薄暗い待合室で待つこと5分。もうひとり客が来た。それから更に5分、約束通り午後1時10分前ぴったりに駅員さんがやってきた。この近くに住んでいるんだろうか?
荷物を受け取り、コンスタンツまでの切符を買う。コンスタンツは、途中のクロイツリンゲンで乗り換えてひと駅目。
切符と一緒に渡された紙は、これから乗る列車の発車時刻やクロイツリンゲンの到着ホームと乗り換えホーム等が印字されたすぐれもの。
クロイツリンゲンでの接続も良くて、待ち時間はたったの5分。むしろ乗り換え時間が短すぎて不安ですらある。重たいスーツケースを押しながらの移動の大変さは、ここまで何度も経験している。
列車は、来た時と同じ2両編成で車内は空いていたが、駅に停車する度に徐々に乗客が増えて賑やかになってきた。
やがて、クロイツリンゲンに到着。乗り継ぎ時間5分しかない。急がねば!
しかし、その心配は杞憂に終わる。コンスタンツに向かう列車は、今乗っていた列車の後ろに待ち構えていた。
クロイツリンゲンは、チューリヒとドイツを結ぶ南北の路線と、ライン川・ボーデン湖畔に沿って東西に走る路線との交差点。各方面から来た4つの列車が、島型ホームの向かい合わせそれぞれの前寄りと後ろ寄りにほぼ同時刻に集合し、またそれぞれの方角へ別れていく仕組みなっている。乗り換え票に書かれていた2Aや2Bは、それぞれ2番ホームの前寄りと後ろ寄りを指していたのだった。
ライン川とボーデン湖
クロイツリンゲンとコンスタンツはボーデン湖畔の隣り合う街なのだが、クロイツリンゲンはスイスでコンスタンツはドイツ。我々日本人には駅ひとつで別の国というのは、理屈では判っても感覚としては理解しづらい。
それに、シャフハウゼンとシュタイン・アム・ラインはライン川の北側にありながらスイスだし、逆にこれから行くコンスタンツはライン川の南側ながらもドイツだったりするのもなんだか不思議な感じ。
たちまちクロイツリンゲン駅を出た列車は、たちまちコンスタンツ駅に到着。駅舎の入口のところにパスポートチェックの看板がある。
ヤバイヤバイ・・・ガサゴソと手探りでカバンの中からパスポートを取り出す。
が、いざ駅舎に入ってみるとパスポートチェックなどありはせず、その面影を残すガラーンとした部屋を通過するだけだった。
今夜の宿「グラーフ・ツェッペリン」は、駅から直線距離で300-400mほど。タクシーを使うには近すぎる感じなので、歩くことにする。
道が入り組んだ市街地を突っ切らずに、少し遠回りになるが広くて判りやすいボーデン通りとウンテル通りを行くことにする。
コンスタンツは想像していたより大きな街だった。
駅自体は案外こじんまりしているが、すぐ南側には大きなショッピングセンターがあり、行き交う人も車も多い。コンスタンツがボーデン湖畔で最大の都市というのも肯ける。
スーツケースを引いてボーデン通りを歩くのは結構大変だが、右手に見える古い町並みが目を楽しませてくれる。
曇り空で案外と涼しいのも助かる。
旧市街の入り口であるシュネッツ門のところで右折してウンテル通りへ。この通りは中央分離帯のところが並木道とパーキングスペースになっている。広々としていて緑も多く、気持ちいい。
午後2時、グラーフ・ツェッペリン着。思わず写真に収めたくなる豪華な外壁の建物。1階は高級そうなレストランになっている。
チェックインを済ませ、部屋でシャワーを浴びたら街へでる。ホテルのすぐ東の広場はパーキングスペースになっており、車がビッシリ。
その隣がシュテファン教会で、ここはその裏手だった。少し歩くとすぐに狭い道が交差する旧市街の風情漂うなかへ。
切妻屋根の古い建物が並び、今回の旅で訪れたスイスの街とは、やはりなんとなく色合いや雰囲気が違う。時々、壁にフレスコ画が描かれた建物も姿を現す。草木に彩られたカフェやレストランが多い。
旧市街を東に抜けると、線路と併走する広い通りに出た。車は若干渋滞している。
歩道の半分は自転車は専用道レーンになっていて、彼らはスイスイと走り抜けていく。我々日本人は自転車レーン自体に馴染みが薄いので、ついつい自転車レーンに足を踏み入れてしまいがち。危うく衝突しそうになったりする。
線路の向こうはボーデン湖だが、ここからは見えない。右手に進めばコンスタンツ駅。
左に進んでライン川を目指す。5分も歩くとトンガリ屋根をしたラインの塔が見えてきた。石造りの塔ながらやたらと窓が多い。やはり見張りの役目をしていたのだろう。
ここでボーデン湖からライン川が流れ出ていているのだが、流れはほとんど感じられず、どこまでがボーデン湖でどこからがライン川からかはよく判らない。
ラインの塔を見上げつつ、ライン川沿いをのんびりと歩く。対岸のボーデン湖畔に近いあたりは屋根裏部屋を持つ4-5階建ての建物が並んでいるが、少し流れを下ると途端に背丈の低い建物だけになる。
遊覧船が川を下っていく。船名は「シャフハウゼン号」。あれってシュタイン・アム・ラインとのことで見たのと同じだよね。アイツとは妙な縁があるなあ。「今度来るときは乗れ」っていうメッセージかも知れない。
ラインの塔から200mくらい下流にもうひとつの塔がある。こちらは火薬庫塔。その名の通り火薬が保管されていたのだろう。ラインの塔と見比べると窓の無い堅固なつくり。
火薬庫塔のところで道は左に折れ、中央分離帯のところが並木道とパーキングスペースになったウンテル通りで、このまま進めば左手に我々が泊まるグラーフ・ツェッペリンがある。
ホテルには戻らず、すぐに左に折れて再び旧市街へ。小さな雑貨店や隠れ家みたいな酒場などが点在する物静かな路地を行く。上空に雲は多く、ひんやりとした空気が漂っている。
このあたりは道が緩やかにカーブしていて、なんとなく方向感覚が狂ってくる感じ。やがて、建物の向こうに尖塔が見えてきた。あれがコンスタンツの大聖堂だな。
すぐに賑やかな広場にでた。南方向へ伸びる通りは商店街になっていて、そちらから人々がミュンスター広場に流れ込んでくる。
ミュンスター広場から東へ。再び旧市街を抜けて線路を渡り、ボーデン湖畔にでる。左手には市民公園。芝生が広がり木々が茂っている。
右には港というかヨットハーバーのようなものがあり、プレジャーボートや遊覧船が休んでいる。
正面に伸びた桟橋の突端にはインペリアという女性像が立っていて、いかにも湖畔のリゾート地っぽい。
遊覧船に乗り降りする人で桟橋周辺は賑わっている。他にも、ベンチに座ってくつろぐ人、アヒルやカモに餌をやる人、そぞろ歩く人も多い。
振り返ると、リゾート湖畔らしからぬ大きな建物「和議の館」。
2階までは石造りで、3階から上は木造。大きな屋根が印象的。2階のテラスはカフェかレストランのようだが、こちらは人の姿はまばら。
これからレンタカー「ハーツ」のオフィスに向かう。
天気も少し回復しつつあり、時々、サーッと明るい陽射し降り注いできて、その瞬間に湖畔の公園はとても華やいだ顔を見せる。
便利な世の中になったもので、出発前にGoogleの衛星写真で確認したところ、ハーツのオフィスはコンスタンツの中心部からは完全に外れたライン川の対岸を西へ3-4kmも行った工場団地にあるようだった。
道中に観光スポットらしいものも無く、歩いていくのはかなり難しい。タクシーを使おう。
レンタカーを借りたあとは、そのままボーデン湖に浮かぶライヒェナウ島へ向おうと考えている。
ライヒェナウ島は世界遺産に登録されていて、コンスタンツから直線距離なら西へ7-8kmほど。ライン川を渡り湖畔をぐるっ回った道のりだと15kmくらいのところにある。晩ごはん前のお出掛けとしてはちょうど良さそうだ。
線路の下をくぐって駅の表口の方へ。2時間ほど前に降り立ったコンスタンツ駅前に再び出る。
駅前は相変わらず賑やかだが、乗り場には客待ちのタクシーがたったの3-4台いるだけ。湖畔の観光地にしてはやけに少ない。
この街にトラムは走っていないようだから、路線バスが充実しているのかも知れない。
しかし、我々のような日本人観光客にとって、いきなり路線バスに挑むのはかなりハードルが高い。近隣諸国の観光客にとっても、そんなに易々と利用できるもんでもなかろうと思うのだが・・・。
旧市街散策
小腹も減ってきたので、ドライブ中のおやつを買いに駅前のパン屋に入る。良い匂いが漂う店内は結構な混雑。そして、ここのお客さん達は「律儀なドイツ人」のイメージと想像と違っていた。
決して「横入り」をしている訳ではないが、かと言って少なくとも並んでいるとは言い難い。これといった規則性が感じられない状況でショーケースに群がるようにしてお金を差し出し、オーダーしている。
見方によっては横へ4~5列に広がって列を作っている様にも見えるが、レジ係は2人しかいないから、ある程度「押し」の強い者が有利に決まっている。体の小さな我々は、群がる人々のせいでショーケースに何が並び、その値段が幾らなのか全く見えずオロオロとするばかりで、近づくこともままならない。
5分位だったような気もするし、もっとかかったかも知れないが、ようやく大きなバケットとジュースを購入。タクシー乗り場へ。
おや?
さっき並んでいたタクシーと同じだ。こっちの人は本当にタクシーを使わないらしい。ドライバーにハーツのオフィスを示す地図を見せると車は走り出した。
ライン川を渡り、その北岸を西へしばらく走ると、小さな工場や運送会社の並ぶ中にある小さなオフィスに到着。
入口をくぐると、レンタカーオフィスと自動車修理工場のカウンターが向かい合わせになっている。スタッフは2名しかいない。一人は身長2mを越えそうな巨大な男性。もう一人は、まだ顔にあどけなさが残る青年。
巨大な男性は先に来ていた客の相手をしつつ、電話応対もしている。青年の方はまだ新人らしく、我々の情報をパソコンに打ち込む作業中に何度何度も手が止まってしまい、そのたびに巨大な男性に指示を仰いでいる。
「Difficult...」
彼は、すまなそうな表情をして我々に言う。彼にとっては見慣れない日本の地名や我々の名前のローマ字表記を追いかけるのは、かなり難しい仕事らしい。声にこそ出していないが、一文字つづ追いながら口が動いてちゃっているし...。そもそも、人差し指だけでキーボードを叩いているところからして、パソコンが不得手なんだろう。
「ノープロブレム」
私の言葉に軽く微笑んだあと、彼は再び作業に戻った。手元の紙とキーボードとディスプレイを交互に見くらべながら、相変わらず一文字一文字ゆっくりとしたスピードである事に変化は無い。
オフィスに着いてから、なんだかんだで30分くらい経って、ようやく車の所へ誘導される。フォードのフォーカスというステーションワゴンで5速マニュアル。
レンタカーで目指すのはライヒェナウ島。ハーツのオフィスはコンスタンツの街からライヒェナウ島へ向かう途中にあるので、ここからは数キロ圏内。田舎道なので10分もあれば着くだろ。右手に牧草地、左手に湿地帯のような荒地が広がる田舎道を進む。
しかし、すぐに渋滞にぶち当たってしまう。これが全く動かない。逃げる脇道もない。おかげで駅前で買ったパンを食べるには良かったが、あっという間に30分程が経過。
レンタカーオフィスで思ったより時間をくってしまったせいもあり、時計をみるともう午後6時を回っている。島に行くのは諦めてUターン。もう少しコンスタンツの街を歩いてみよう。
標識に従って進むとシュネッツ塔が見えてきた。そので左折して中央分離帯が並木道とパーキングスペースになっているウンテル通りへ。そこに車を入れて、またまた旧市街へ。
市庁舎前の広場にでる。ここから北へ伸びるフッセン通りは大聖堂へとつながっていて、旧市街の目抜き通りになっている。色とりどりの建物が続く華やかな雰囲気。一階はどれも様々なお店になっている。それらを眺めているだけでも楽しいが、若い人の姿も多くて、雑貨店や安い衣類の店なども入りやすい。あっちこっちに寄り道しながら北へ歩く。
気の向くままに脇道にそれて歩くうちに、大きな通りに出た。
そこはマルクト通り。ボーデン湖の方へ伸びる広い歩行者天国で、両側にはデパートやブランドショップが並び、噴水の周りからは水と戯れる子供達の声が響いている。
オープンカフェのテーブルが並ぶんだ通りの奥左側には、さっきほど前を通った和議の館が見えている。つまり、この通りこのまま進めば、線路の下をくぐって湖畔に出れる訳だ。
大聖堂の北側に回り、曲がりくねった旧市街に路地に再び足を踏み入れる。賑やかなコンスタンツの街にあって、この一体は静かで落ち着いた佇まいの通りが続いている。狭い通りを抜けると、小さな中庭が並ぶ緑が多い裏道にでた。その中庭の幾つかが小洒落たレストランになっている。
空はまだ明るいが裏道のこのあたりは日もあたらず、入口やテーブルにはキャンドルの灯りが揺れている。時刻は午後7時。そろそろ我々も夕飯にしよう。レストランは敷居が高いので、どこか安くドイツビールが味わえるところで・・・。
シュテファン教会裏手の駐車場に通りかかると、昼間は満車だったのが今は結構空きがある。ここならホテルのすぐ側でスーツケースを運ぶのに楽で良い。ウンテル通りに停めてある車をここに移動させ、部屋に戻り軽くシャワーを浴び、そして夕食を求めて街へでる。
時刻はまだ午後8時くらいだが、雲が厚いらしく街には夕闇が迫っていた。
まずは、マルクト通り周辺から北側のエリアで店を探す。一本裏道へ入ると、明るい昼間には気付けなかった小さな飲食店がたくさん目に入ってくる。ほの暗い通りに浮き上がる看板。電球に照らされた入口の近くのメニュー。窓の中で揺れるオレンジの光や人影。笑い声や、時には歌も聞こえてくる。
道幅の狭い旧市街にある店は、どれも隠れ家のような佇まいで魅力的。これが日本だったら、迷うことなくこの中の一軒に入っているところだが、決め手に欠ける。
いや、店のせいにしてはいけない。決め手に欠けているのは実はこっちの問題だったりする。店頭に置かれたメニューはどれもドイツ語表記なので、あいさつ程度しかドイツ語が判らない我々が理解できるのは、値段の部分だけ。お勧め料理らしいのが書かれていても、それが何なのかも判らないのだから、値段だけ判っても仕方がない。
客が食べている物を見れれば判断のしようもあるのだが、先に書いた様に隠れ家のような店ばかりなので、表にテーブルが並んでいる店などない。
そもそも、マルクト通りなどの広い通りならともかく、このあたりの道は狭くてそんなスペースはないのだ。仮にテラス席があったとしても、今日は肌寒いくらいなので、座っている人はほとんどいない。かといって、いくら恥知らずな私でも、窓の中の様子をじ~っと凝視するような真似は出来ない。
そんな訳で、結構あっちこっち旧市街をぐるぐると歩き回る羽目になる。決め手がない以上、どれだけ見てまわってもおんなじ訳だが、店の明かりを求めて薄暗い石だたみの路地を行くのは、それだけでも充分に楽しめる。夕食の場所を求めて店先のメニューをのぞき込みながらそぞろ歩く人は我々以外にも大勢いて、暗い路地でも怖い感じはない。
フッセン通りに出てしまった。そのまま南の方へ歩く。飲食店は案外少なく、人の姿はまばら。昼間は賑やかだった通りも、この時間にはお店はどこも閉まっていて、ショーウィンドウの明かり石だたみの道を照らしているだけ。急に雨が降ってきた。
こりゃイカン。傘がないので早足に歩く。すぐに市庁舎前の広場を通り過ぎ、その先の右側の小さな広場に枝を広げる木の下で雨宿りをする。
小さなこの広場に面してカフェとビアレストランの中間のような店がある。雨を遮ってくれる木々の下にさらにパラソルが並び、そこで若い女性がふたり、ビールを飲んでいる。雨が激しくなって来た。もう、ここに決めよう。
1階はバータイムなので、2階へ案内される。カウンター席とテーブルが20個くらい。音楽のかかる店内。案外広いフロアはガラーンとしているが、遠くの一画に10数人程度が集まっていて、そこだけワイワイと賑やか。緑色のマットが敷かれた広い台に向かって、なにやらゲームをやっているらしいが、密集するプレイヤー達の背中とお尻の陰になって、ここからはそれが何なのかはよく見えない。
まずは、ビール。雨で少し体が冷えてしまったが、こっちのビールはキンキンに冷えている訳ではないので、こんな時でもおいしく頂ける。そしてお決まりのサラダをオーダー。
あとはねぇ・・・
ドイツ語と英語並んだメニューはなんだか見づらいので、お店の女の子にオススメは何か聞いてみる。彼女は少し考えたのち、メニューの中のひとつを指した。ポテトの盛り合わせか・・・じゃあ、それ。他には?
一瞬の間を置いて、彼女が選んだのはラザニア。じゃあ、それも。他にお勧めは?
彼女は考え込んでしまった。そして、暫くの後、申し訳なさそうに言った。
「Nothing」
おっと、思いもよらない回答。そりゃ、店の様子からして料理専門店ではないけれど、お勧め料理が2品しかないってのは、謙虚なのやら正直なのやら・・・それともヤル気がないのやら?
ま、それはともかく料理は普通にうまい。もっとも我々の場合、海外にいるという華やいだ気分や店の雰囲気に流され、大概のものは「美味い」と感じる便利な味覚を持っている。
ビールは何種類もあるが、これまたどれを飲んでも美味い。値段も安かった。料理はサラダとポテトとラザニアの3品、それとビール5~6杯で25ユーロほど。
小雨のコンスタンツ旧市街を歩いてホテルに戻る。月は見えず、まだ午後9時過ぎだというのに空は真っ暗。雨に濡れた石だたみの道は光がにじんで素敵な雰囲気。