出国
え?ホントにやるの?
我社のどこにそんな余裕があるのだろう?てっきり前回が最後の海外だと思っていたのだが。まあ、会社の将来に対する不安はさておき、格安でハワイに行けるチャンスを逃す手はない。それに「次回」はないかもしれない。
旅立ちの日。
景気づけと称して同じ事業所のベテランのN林課長、若手社員K平と3人で生ビールを1杯。日程調整ミスで、滞在中に3回もゴルフをする羽目となったN林さん。前回の社員旅行直後、心臓を患って手術をしたばかりだ。大丈夫かいな?
かたや、小さな小さな事業所なので同期はおろか、同世代も存在しないK平。まだ、なんにも予定が決まっていないらしい。でも、若い彼のことだから、何とか道を切り開いて行くであろう。
かくして、日本航空8080便は定刻通りの午後8時ちょうどに暗くなった成田空港を飛び立った。
ヌウアヌ・パリ
機内でどれだけ寝れるかによって到着日の体のキレが違う。このことは、ハワイも4度目ともなれば身にしみている。
家から空港までは30分足らずで行ける環境だが、これに甘んじて朝寝してしまっては機内で眠れなくなるであろうと考え、今朝は午前9時前には起き、自分なりに調整をしたつもりだったのだが・・・。
眠れない。ビールを飲む、ワインを飲む。でも、やっぱりダメ。もっと呑もうかとも考えたが、こういう時は酒を飲んでも無駄だろう。後日談になるが「往路の機内で某氏の奥さんが呑み過ぎて寝ゲロした」とのこと。
最悪・・・。
で、座席のディスプレーで将棋をしてみる。激戦の末に勝利するが、かえって目は冴えてきた。読書をする。目は疲労したが、睡眠には移行しない。
ヘッドホンをつけてチャンネルをカチカチと回す。耳に飛び込んできたのはフラメンコのリズム。そこは「演芸ライブ」のチャンネルで、声の主は・・・「堺すすむ」だ!
軽快でちょっと哀しげなフラメンコのリズムに、あとからあとから繰り出されるネタの数々。面白いじゃないか「堺すすむ」!!あっという間に一幕30分が経過。これまでの経験で「堺すすむ」と言えば「笑点」。だから、こんなに長時間接するのは初めて。しかも、ついつい2回も聞いてしまった。なァ~んでか?
気が付けば、本来は睡眠に充てるべき時間のうち、1時間も「堺すすむ」に消化していた。ヘッドホンを外してからも、頭を支配するフラメンコのリズムが、眠ることを許さない。到着まではあと4時間。取りあえず目を閉じ、体力の温存に務めよう。
現地時間の7月某日午前10時前、定刻より早くホノルル空港に到着。イラク情勢が混沌とする中、独立記念を2日後に控えたホノルル空港。南国らしからぬ冷たい印象を受ける入国審査場や手荷物受け取りテーブルなど、5年前と少しも変わらない感じだ。唯一、スーツケースの間をクンクンと擦りぬけて小さな黒い犬。麻薬探知犬か爆発物探知犬かは判らないが、コイツが警戒体制の強化を示しているかにみえる。
バスに分乗し、市内観光に出発。遠く海の上には青空が広がっているが、オアフ島の上空は低い雲におおわれている。時折、小雨の降る坂道をぐんぐん登っていき、最初の目的地ヌウアヌ・パリに到着。
垂直に近い断崖の下から、湿り気を含んだ強烈な風が吹きあがってくる。石で出来た柵から身を乗り出すと、眼下に見えるのはゴルフコース。その先にカネオヘの街並みと、マリンブルーのカネオヘ湾が広がっている。左手にはコオラウ山脈が続いている。切り立った緑色の山肌は、侵食によって縦に深いヒダが刻まれている。その下を、フリーウェイH3号線がゆるやかな曲線を描いている。
半旗の街
パンチ・ボウルは火山活動によってできたクレーターで、現在は戦死した兵士達が眠る国立太平洋記念墓地だ。
ここは、ゆっくりと走るバスの窓から眺めるだけとなる。クレーター内側の盆地が綺麗に整備されていて、輝く芝生が目にまぶしい。
地面に埋められたプレートが整然とならび、日本の墓地とは全く違った雰囲気。まるで公園のようだ。
観光客風の人々もいるが、花を手向ける人の姿も見える。ガイドさんによると、イラク戦争の犠牲者も、すでに何人かここに葬られているとのことだった。
バスは、ダウンタウンへと降りていく。
天候は徐々に回復して、スモークの貼られたバスのウェインドウ越しに強い日差しを感じるようになる。
金色の衣をまとったカメハメハ大王像、アメリカ唯一の宮殿イオラニ・パレス、半旗の掲げられた州政府ビルなどを車窓から眺める。ガイドさんによると、この半旗は、ドナルド・レーガン元大統領の死を悼むものだそうだ。
ダウンタウンを抜けると、殺風景な港湾周辺の倉庫街のようなところを経て、ダウンタウンの南に突き出した半島の先端にある公園カカアコ・ウォーターフロントパークに到着。集合写真の撮影のためにバスを降りる。
空港到着以来、バスを降りたのは、涼しいヌウアヌ・パリだけなので、ここでようやくハワイらしい空気に触れる事になった。
日差しが眩しく、肌にジリジリと暑い。
でも、海から吹いてくる風が涼しく感じる。サングラスをかけるのがもったいない程に青く透き通る空と海が心地よい。
アロハ・タワー
続いて、店オリジナルのアロハシャツを中心に様々なハワイアンギフトのが揃うショップ「ヒロ・ハッティ」へ。入口で貝殻でできたレイを貰って店内に入る。色とりどりのアロハや、リゾートテイスト漂うグッズの数々は、見ているだけも楽しい。
とはいっても、座るスペースもない店内に45分も留まっているのは私にとっては苦痛でしかない。加えて「J●B」の思うツボというのも悔しい。そこで、同室となるY中さんを誘い、だんだんと社員で埋まってくる店内をあとにして、道路を挟んで隣にある「ジッピーズ」へと向かう。
店内には、お喋りをしながら軽食をつつく数組と、新聞や本を読みながらコーヒーを飲む人の姿が見える。
カウンターに立つと、厨房から色々な食材が交じり合った美味しそうな匂いが漂ってくる。早朝の機内での軽食以外になにも食べていないので、お腹はペコペコ。でも、ツアーはこのあとランチタイムの予定なので我慢我慢。オレンジジュースだけオーダーして窓際の席に座る。
「えっ!オアフ島に鉄道があるの?」
「あるんですよ!真珠湾の西海岸の方に向かって。ダイヤはこれから調べます!」
この鉄道に乗るのが、彼の今回のイベントのひとつらしい。我社有数の「愛すべき変人」としての誉れ高いY中さん。鉄道や公共交通機関の話をするときの彼の目は、実に生き生きと輝いているのだ。
そう言えば、前回のラスベガスの時も、路線バスに乗りまくったと言ってたっけ。
気が付くと周囲は客でいっぱいになっていた。時計を見るとお昼の12時を回ったばかり。昼休み時間なのだ。
集合時間が迫ってきたのでジッピーズを出てバスに戻る。再び青く輝く海が見えてきた。そこに浮かぶ巨大な客船。そして、かつてのホノルル港のシンボルタワーで、ノスタルジックな風情の漂う時計塔アロハ・タワーが見えてくる。ここで昼食タイムとなり、ミールクーポンが配られた。
アロハ・タワーの周囲はショッピングセンターとなっていて、数多くのショップと幾つかのレストランなどが入っている。流れるBGMとヤシの木が南国気分を盛り上げる。接岸している巨大客船。その壁の様にそびえた船体が白く眩しい。その脇を歩き、アロハ・タワーの最頂部に登るべく、その下へと向かう。
一辺が15m程のほぼ正方形をした建物基部は、柱とエレベーターだけの構造。かつての「あこがれのハワイ航路」のシンボルは、実にシンプルでスマート。しかし、なにやら工事中らしく、関係者以外はタワー上層階への立入が禁止となっていた。残念。
ミールクーポンが使用可能なレストランは数が限られていて、そこが押し寄せる社員達でごった返すのは火を見るより明らか。そこで、ショッピングセンターを離れ、海沿いの表通りを西へと進む。Y中さんも誘ったのだが、
「むかし、カミさんと入ったことのある店がこのモールにあるんで、そこに行きます!」
とのことであった。片側3車線の道路に沿って、工事中で幅の狭くなった歩道を行く。車はひっきりなしに通り過ぎていく一方で、歩行者は数えるほどしか視界に入ってこない。南海の孤島と言えども、やはりアメリカは自動車社会なのだと改めて実感する。
チャイナ・タウン
ホノルル湾へと注ぐヌウアヌ川にかかる橋を渡る。川の対岸近くの橋の上で釣りをする人の姿がみえてくる。直径5cm以上もありそうな、丸くて大きな「オモリ兼ウキ」が付いていて、その先3m位のところにルアーらしき白っぽくて紐状の物。大きなオモリがなせる技なのだろうが、飛距離は優に50mを越えて100mくらいは飛ばしている。
しかも、それを10秒足らずの時間で、勢い良く巻き取っているのだ。当然、オモリとルアーはしぶきを上げながら水面を疾走することになる。こんな見たこともない釣り方で、一体なにが釣れるのやら?
欄干にもたれかかって、しばしそれを眺める。
いっこうに成果のあがらない彼にとっても、おかしな日本人の視線に長時間さらされるのは苦痛に違いない。ここは、彼の奮闘を祈りつつ、来た道を引き返すことにする。ホノルル湾に浮かぶ巨大客船プライド・オブ・アロハ号の、その優雅な姿が見える。アロハ・タワーは、そのカゲに隠れて、僅かに頭の部分をのぞかせるに留まっている。その右手に停泊している沿岸警備隊の巡視船がとても小さく見える。
道の反対側へと横断して少し進むと、そこがチャイナ・タウン。アジア系の民族の姿が増え、店の看板や通りの標識には漢字があふれているが、街並みは南国のテイストを加えた中華風と欧米風とが混在しており、意外にあっさりとした印象。
横浜の中華街のようなところを想像していたが、規模もずっと小さく、また人通りもさほどではない。観光地スポットというより、ふつうの地方都市の商店街の雰囲気だ。
しかし・・・いや、だからこそ危険な香りがプンプンしてる。指で口髭をなでながら、店の中からこちらを上目遣いに見ている男性。歩道のすみにしゃがんで新聞を読む老人。上半身はだかで、麻袋を担いで歩く男。なにやら大声で言い争っている中年男女。壁にもたれながらタバコを吸っている数人の若者。そんな彼らと一瞬目が合ってしまうのは、気のせいか?
突如、けたたましくサイレンを響かせてやってきた救急車。それに運び込まれていく老婆。なんだが全てがヤバそうだ。
小さなショッピングセンターに入る。中庭の周囲を2階建てのモールが取り巻いており、その中庭を一段高いところから孔子像が見下ろしている。チャイナ風の時計塔の文字盤の数字は、「一、二、三」と漢字でふってある。
日用品か土産物か見分けのつかない雑貨類を店先に並べた商店、いまどき珍しいミュージックテープが多数扱うCDショップなど幾つかの店々。それに、スパイスと油のにおいが交じりあったフードコートがあり、その奥には肉や魚を中心とした騒がしい市場などがある。
2階はさらに危険なムード。
空きテナントが多く、物置や事務所らしきものが数軒あるだけ。目つきの悪い少年、タトゥーにスキンヘッドの男、ホームレスっぽい人もいる。目を合わせちゃダメだ、と自分に言い聞かせて歩くので自然と目線が下を向く。その視界の先に入ってきたのは、制服を来た警備員。彼が周囲を見通せる場所を立ち位置に選んでいることが、この周辺の治安を物語っている。
空腹も限界だったので、怪しげなフードコートで食事をすることにする。中国から東南アジアにかけてのローカルフードと惣菜の店が10数店軒を連ねている。
その中のひとつでチャーハンを頼む。5分程待って出てきたチャーハン。その量の多いのにはビックリ!皿の上には、どんぶり2杯分はありそうな山盛りチャーハンが載っている。スプーンがとても小さく見える。
油でべたつくテーブルに座り、このチャーハンに挑むが、食べても食べても減っていかない。満腹になったので、申し訳ないが1/3ほど残すことになった。胸ヤケがするので、中庭に面したホットドック屋でマンゴースムージーをオーダー。パラソルの日陰のイスに座る。
まわりでは、生活臭のプンプンする人達が、お茶をしたり、テイクアウトした軽食を摂っている。飛び交う中国語と英語のなかで、地面やテーブルに散らばるゴミを見ながらストローを咥えていると、活気と騒々しさと緊張感が同居するチャイナタウンの雰囲気がひしひしと伝わってくる。
突如、腹痛と抑えきれない便意に襲われる。空腹に押し込んだ大盛りチャーハン。それに、そのあとのマンゴースムージーがいけなかったのかも知れない。ともかく選択肢としては、危険な2階にあった公衆トイレに入るか、チャイナタウンを脱出してトイレを探すのかのどちらかとなる。
どっちにしても「非常に危険」であることに違いない。迷っている間に「その時」は刻々と迫ってきている。覚悟を決めて2階にあがり、公衆トイレの冷たい鉄扉のノブに手をかける。
ガチャガチャとノブを回すが、カギがかかっていて扉が開かない。これは絶体絶命のピンチ!
すると、そこに制服の警備員がやってきて、無言でカギを開けてくれた。そうなのだ。恐らく彼の重要な役目のひとつが公衆トイレの安全確保なのだろう。無事に用を足して出るときも、扉の内側からノックで合図して、カギを開けてもらうことになった。
心も体も軽やかに、チャイナタウンをあとにしてダウンタウンへと向かう。周囲の建物はオフィス街風で、ビジネスマンの姿も見える。それにしても、人間なんて勝手な生き物だ。食べるモノを食べ、出すモノを出したら、今度は眠くなってきた。集合時間までまだ少し余裕があるので、遠くにアロハ・タワーが見える広い歩行者通路の日陰となったベンチに腰掛けて、しばしウトウトとする。ビルの谷間を流れる風が心地よい・・・。
「どうしたんですか?こんなところで?」
突然、まどろみを妨げる聞き覚えのある声。目を開けてみると、声の主はまたしてもY中さんであった。彼も食事のあと、人込みが嫌でダウンタウンへと足を伸ばしたそうだ。それにしても、自分から「変人」といって憚らないY中さんにここで鉢合わせするとは・・・。もしかして、行動パターンが同じってこと?