快晴!シルトホルン
8月15日水曜日、日本は終戦記念日か・・・。
本日も晴天なり。今日から旅程も後半戦。このまま良い天気が続いて欲しいものだ。
ブルメンタルでの朝食もこれで最後。美味しいハム、チーズ、パン。コーヒーにヨーグルト、それとお決まりのゆで卵。名残惜しんでガッツリと頂く。
周囲を見渡すと、ガタイの大きい西洋人の方が、我々よりも食事の量が少ない。パンをひとつにハム、チーズを一切れずつ。それに軽くコーヒー程度がスタンダードのようだ。
朝食を終えたら、あこは部屋で荷造り。私はその間にチョットお出かけ。BLM鉄道駅の方へ歩いて数分のところにある郵便局に、日本に送る絵葉書用の切手を買いに行く。
国際郵便の手配は思ったより簡単だった。
窓口でその旨を伝えれば、すぐに国際郵便のシールが出てきた。料金は1.8スイスフラン。
すがすがしい空気に包まれた朝のミューレン。まっすぐ部屋へ戻るはもったいないので、ほんの少しだけ遠回り。
道ばたにある丸太をくり抜いた水飲み場が涼しげな音をたて、溢れ出した水がアスファルトを濡らしている。
草花に包まれた民家のテラスでは、チョコンと椅子に腰掛けた小さなおじいさんが朝日を浴びて目を細めている。
その室内からは小さく音楽か聞こえてくる。
見上げれば、澄んだ青空にそそり立つ崖。その頂にはロープウェイの駅ビルクがあり、音をたてずにゴンドラが降りてくる。
シャレーの隣にあるみやげ物屋とその向かいのチーズ屋はすでに店を開けている。その並びの時計屋は相変わらず開く気配なし。バカンス中なんだろうか?
一旦部屋に戻り、絵葉書にしかるべきシールを貼り再び郵便局へおもむき投函。そのあと、あこと共にチーズ屋を覗きに行く。
小さな店内には、入ってすぐにカウンター状の冷蔵ケースがあり、様々なチーズが並んでいる。その向こうには店のオーナーらしき30歳位の女性がいる。
壁に沿ってジャムやワイン、オリーブオイルの様なものが並び、窓際にはチーズフォンデュセットなどの調理器具や食器が売られている。
本場の美味しいチーズが魅力。
でもチーズって、なかにはかなり激しい香りのもあったりするので、素人にはなかなか手が出しづらいってもの。手造りジャムでも買おうかな。ブルーベリーがオーソドックスで良かろう。ビンを手に取ると店の女性が声をかけてきた。
「それは、ここの裏で作られたものです」
へ~そうなの。ビンの裏書きを見ると、一番下に“Gimmelwald”の文字。昨日の夕方に散歩したあの集落の名前だ。
「ふーん、ギンメルワルト・・・」
思わず音読すると、その音を拾った店の女性がさらに話しかけてくる。このジャムは裏の畑で穫れたブルーベリーの実を、ギンメルワルトで仕込んだものなんだだそうな。
このジャムを買って、部屋に戻り、荷造りの済んだスーツケースに突っ込む。そしてチェックアウト。宿の女将のハイジさんにお願いして、スーツケースを昼過ぎ位まで預かって貰うことにする。
シルトホルン・バーンのロープウェイを乗り継いで、標高2,970mのシルトホルンを目指す。
ゴンドラが動き出すとミューレンの村はたちまち小さくなり、代わりにユングフラウ3山が大きく目の前に広がってくる。標高1,650mのミューレンから2,672mのビルクまで、約1,000mを5分ほどで一気に登る。
ビルクでは、次のロープウェイに乗り継ぎ。眺めの良いテラスがある通路を抜けて、待ち時間無く次のロープウェイへ。
シルトホルンまでの標高差は300mくらいだが、支柱のない谷越えなので迫力十分。支柱がないのでケーブルが大きくたわみ、一旦は下るような感じ。森林限界をすっかり越えて、周囲は岩にへばりつく丈の短い草原となっている。小さな池も見える。
やがて、360度回転する頂上レストラン「ピッツ・グロリア」があるシルトホルンが近づいて来た。
午前10時半過ぎ、シルトホルンに到着。この展望台はすごい!
360度の大パノラマを、乗り継ぎを入れてもミューレンから30分足らずで手に入れることが出来る。
天気は快晴。気温は高くないが風もなく、強い陽射しがちょうど良い。
東には切り立った絶壁を見せるヴェッターホルン(3,701m)、そしてアイガー(3,970m)、メンヒ(4,099m)、ユングフラウ(4,158m)の3山。そこから南側へと連なるノコギリのようなエブネフルム(3,962m)、ミッタグホルン(3,895m)、グロスホルン(3,762m)といった山々。
さらに、昨日のトレッキングでもよく見えていたブライトホルン(3,782m)、チンゲルホルン(3,557m)、グスパルテンホルン(3,437m)の個性的なシルエットなどを一望。
北側はインターラケン方面で、エメラルドグリーンに輝くトゥーン湖が見えている。その先には、ピラティスやリギといった中央スイスの山々があるはずだが、霞んでいてはっきりとは判らない。
ピッツ・グロリアの展望台をあちら側からこちら側へ。そのあと展望台周辺の尾根をこっち側からあっち側へと何度も何度も行き来しながら、360度の絶景を心ゆくまで堪能する。
気が付けば、かれこれ1時間近くもシルトホルンに留まっていたらしい。 時計を見るともう11時半近い。名残惜しいが、ボチボチ帰途に着くとしよう。
今日はこれからチューリヒまで戻り、そこでレンタカーを返却。そのあと、電車でドイツ国境のシャフハウゼンまで行く予定になっている。
将軍様
人混みのビッツ・グロリアを抜けて、ビルク行きのロープウェイ乗り場へと向う。
シルトホルンは結構な混雑だが、下界へ行く人は少ない時間帯らしく、ゴンドラ内はガラガラのようだ。
貸切か?と思ったが先客がいた・・・が、その彼らの姿に思わず息を呑む我々。
先客は我々と同じ極東アジア人の家族連れ。メンバーは中年夫婦と息子、それと夫婦の親らしき初老の女性。ハングル語を話している。
旦那はでっぷりした体型で、一重まぶたに大きなメガネ、そしてオバさんパーマ。奥さんも、今どき大阪のオバちゃんでも希少になりつつある赤味がかった激しいパーマ。
母親らしき初老の女性の方は、グラデーションのかかった大きなサングラスに、こちらも黄色がかったオバさんパーマ。息子は7-8才くらいで割と賢そうな顔つきではあるが・・・。
彼らのいで立ちがまた侮れない。揃いも揃って「昭和」の香り漂うオーバーオール状になったモコモコとしたスキーウェアを着ている。確かに私も30年前、まだ小学生の頃はあーゆーの着てたな。
しかも、色のチョイスもなかなか。旦那さんのスキーウェアは、こともあろうか人民軍的グリーン。
こりゃあ、どっからどうみても「将軍様」じゃないか!
御家族も、奥さんはオレンジ、息子はブラウンのスキーウェア。初老の女性だけは上着が違って、襟元が長めのフェザーになっている。それにしても、この衝撃が強すぎる着こなしをどう表現して良いのやら・・・。
このファッションセンスは韓国人のものとは思えないから、間違いなく北朝鮮の方々であろう。一般庶民が海外旅行ができる国ではないから、きっと軍か党の高官なんだろうな。
完全装備の北朝鮮人と、半袖シャツで丸腰の日本人が対峙するゴンドラ内。漂う微かな緊張感と気まずい空気に終始俯きがちの我々。
・・・というか、申し訳ないが、見ると笑ってしまいそうで、あえて視線を外している我々。 見ちゃいけない、でも、もう一回だけ見てみたい・・・。
腰を回してストレッチするふりをしながら、ちょっとだけ見てみる。
う~ん、似てる。お忍びでスイス旅行をしている御本人じゃなかろうな?
我々が一方的に感じているだけかも知れないが、やけに居心地が悪いゴドラナ内。このメンバーだけでビルクまでキツイ。早く誰か来ないかな?もっとも、ここに入ってきた西洋人も一瞬ひるむに違いない。
やがて、発車間際になり、西洋人の集団がゾロゾロと入ってきてスキーウェアの集団は視界から消えた。やれやれ・・・。
ビルクに到着。我々はここで途中下車する。決して北朝鮮ファミリーと離れたかったわけではない。
ほとんどの乗客はそのままミューレン行きに乗り換えてしまうのだが・・・ビルクはオススメだ。
背後にはシルトホルンがあるので「360度の展望」とは行かないが、ベルナー3山はシルトホルンよりもグッと大きく近く見える。断崖絶壁に突き出したテラスは、谷底のミューレンをのぞき込む感じになっていて迫力満点。それに人が少ないのもいい。
午後12時半、ミューレン着。往復でちょうど2時間くらい。お手軽に絶景を堪能できた。
夏の陽があたる通りを歩いてブルメンタルへ。スーツケースを回収し、女将のハイジさんに別れを告げ、今度はゴロゴロとスーツケースを転がして来た道を戻りロープウェイの駅を目指す。さらばミューレン、さらばブルメンタル。またチャンスがあったら来てみたいものだ。
「あーッ!ミスター!!」
ロープウェイ乗り場の前で、ちょうど麓からあがってきたミスターと鉢合わせする。
ベストに白いワイシャツというブルメンタルでの服装と違って、ラフなジャンパー姿のミスターはただのオッサンだったが、店と同じのこぼれんばかりの笑顔と抱きつかんばかりの握手で迎えてくれた。
ミューレンに住んでいるのか、それとも麓の町なのか?やっぱりパートタイムでこれから出勤時間なんだろうか?疑問は色々あるが、それを尋ねるだけの英会話力はない。シルトホルンに行って来たことと、これからチューリヒに向うこと、そしてお別れを一方的に言う。
「チャオ!」
別れ際、ミスターはそう言って大きく手を振った。スイスの人は別れの挨拶にコレをよく使うから、それ自体はそんなに不思議なことではない。
でも、ひょっとしてミスターはイタリアからの出稼ぎ労働者なんじゃなかろうか?だとすると、あの陽気さもなんだか合点が行くのだ。
最後にミスターにも会えて、心残りなし。さらばミスター。今回撮った写真を渡す日が来るのを願いつつ、遠ざかるミューレンをゴンドラ内から眺める。乗り継ぎのギンメルワルトを出ると、もうミューレンは見えない。
あっと言う間にシュテッフェルベルクに到着。ちょうど、ラウターブルンネンからのポストバスが到着し、乗り換えの人達で周辺は一瞬賑やかになる。
人が引けたら、自動精算機で駐車料金を支払う。駐車代は一日あたり5スイスフランほど。たぶんラウターブルンネン駅前の1/3くらいだろう。
谷底の田舎道を走り、ラウターブルンネンの町にさしかかったところで、こちらに歩いてくる将軍様とその御家族を発見。なにせ遠くからでも目立つ・・・というか激しい浮きっぷり。BLM経由でラウターブルンネンに降りてきて、シュタウプバッハの滝へでも行くところなのだろう。
バックミラーに写る姿も目立つ彼等をみやりつつ、あの国ではなく日本人に生まれたことの幸せを噛みしめる。スイス人だったらもっとよかったけど。
さて、あとはチューリッヒ目指して一直線。
インターラーケンで西に折れ、トゥーン湖畔を行く。真夏の空のした、湖畔ドライブは実に爽快な気分。
窓を開ける。風が気持ち良い。湖面がキラキラと輝いている。それらに誘われるように、湖畔の小さなパーキングに車を入れる。
そこには小さなイタリアンレストランがあり、湖畔のテラスはランチやカフェを楽しむ人々で満員。
あ~、ここって2年前、ラウターブルンネンに向かう途中で休憩した場所か。あの時は曇り空の寒い朝だったっけ。
夏の陽射しが強く、見た目に涼し気な湖畔も、日なたはかなり暑い。木陰になった湖畔のベンチを選び、腰掛ける。直径2m足らずの日影ながら、俄然涼しい。
そして軽くランチ。
ブルメンタルの朝食で作ったサンドイッチをリュックから取りだす。今日もまたセコイことやってしまったな。そして、お楽しみのゆで卵は・・・残念ながら割れていた。なにしろ、もとがトロトロの半熟なので、美味しいはずのゆで卵は怪しげな黄色いゲルに姿を変えていた。ビニール袋の口をギュッと閉めておいたのは不幸中の幸い。
SBBに乗って
腹ごしらえが終わったら、再びチューリッヒを目指して走り出す。トゥーン湖畔の快適なドライブは残念ながらすぐに終わり、サイドミラーに時々見えていた白く輝く山々ともお別れとなる。
高速道路は、アーレ川が作る広い谷間の底を通っている。ベルンを過ぎてしばらく行くと、数日前も通った北海道のような平原。おおざっぱに言えば、こんな感じの平原がドイツまでつながっているのだろう。
高速を降りてからチューリヒ市街を目指すが、現在地も方向感覚も見失い郊外の住宅街を何度も行ったり来たりした揚句、ようやくチューリッヒ市街地に入ったかと思ったら今度は渋滞にはまる。結局、高速を降りてから1時間近くもかけ、やっとの思いでハーツのオフィスにたどり着いた。
レンタカーを返却したら、汗をかきかきスーツケースを転がしてチューリヒ中央駅まで歩く。やや雲が多く、陽射しはほとんど遮られているが、風がないので暑い。混雑するコンコースを抜けてキップ売り場へ。
シャフハウゼンまでのキップを2枚買い、次の発車時間を聞く。あと15分足らずしかない。
普段の生活だったら持て余すような待ち時間だが、海外旅行のときはなぜか忙しない。賑やかな構内をせかせかと横切って、緑色のお尻をこちらに向けた2等車両の最後尾に乗り込む。
クロスシートの車内は空いていて、シートから覗いて見える頭は5-6個ほどだが、最低限の貴重品だけ身につけて、邪魔なスーツケース乗降口近くの通路において置く。
この列車はSBB(スイス連邦鉄道)の国際急行で、ドイツのシュトゥットガルト行き。
思い起こせば、スイスを旅するのはこれで3回目。いわゆる登山列車は何回も乗ったが、チューリヒ空港⇔チューリヒ中央駅間を除けば、いわゆる移動手段として列車に乗るのは初めて。
シャフハウゼンまでの乗車時間はわずが40分ほどだが、なんだかとてもワクワクするぞ。
それはともかく、この列車アツイ!
発車前だからなのだろうか?エアコンが入っていない。窓を開けている人も居ない。じーっとシートに座っているだけでも汗ばんでくる。発車まではあと5分ほど。ちょっくら飲み物でも買って来よう。すぐ近くにある売店でビールを2本買う。
隣の屋台からホットドックの良い匂いが漂ってくる。これで小腹を満たそうと思ったものの、数人の行列が出来ている。
まだ発車までは2-3分ありそうだが、なにしろこっちの列車はベルを鳴らさずに発車してしまう。用心に越したことはないのでホットドックはあきらめ、ビールだけ持って早めに灼熱の車内に戻る。
なかなか動き出さない車内で冷たいビールを飲む。喉から胃にかけて涼しさが通り抜け、ホッと一息。
が、直後にどっと汗が吹き出てくる。ようやくエアコンは動き出したが、レベル的には「弱」。車内が涼しくなるまでは、しばらく時間がかかりそうだ。
列車はまだ動かない。これなら余裕でホットドックが買えたかな?やがて、数人の乗客が駆け込んできて、車内は少し賑やかになった。ほどなく、列車はホームを滑るよう動き出した。
走り出して数分でチューリヒの街並みは遠ざかり、小さく緩やかな丘が続く田園地帯の中を進んでいく。
時々、川を横切ったり並走したりするが、川の名前は判らない。川辺の斜面はブドウ畑になっている。
2等車両とは言え、ヘッドレストもひじ掛もある立派なつくり。足元も広い。普段乗っているJRの通勤車両と比べても仕方ないのかもしれないが、全体的にガッシリとしたつくりで、防音性が高く、振動も少ない。あこはウトウトとしている。
ライン川に出た。地図を見ると、ここからはシャフハウゼンまではライン川に沿って進むのだが、線路は常にライン川に沿っているのではなくて、川は時々しか見えない。
突然、反対側の車窓が明るく開けたかと思うと、ライン川が大きく蛇行して激しく水煙をあげている。岸の突端には城も見える。
ラインの滝だった。
ラインの滝を過ぎると、数分でシャフハウゼン駅に到着。駅を出て、今夜の宿「ホテル・パークヴィラ」を目指す。
旧市街の入口になるオーバー門を左手に見ながら線路の上を越え、坂を登り公園の中へ。木々の間から、貴族の館のようなホテル・パークヴィラが見えて来た。
ホテルの建物に沿ってテーブルが並び、すでにディナーを食べている数組も見える。そこを横切ってレセプションへ。
「テーブルキープは?」
愛想の良い奥さんが言う。とりあえず街を歩いてくる旨を告げると、観光マップをくれた。明日は?と聞くので、ライン川クルーズで、ドイツのコンスタンツに行く旨を伝えると、それはグッドアイデアとのこと。船着場までタクシーを呼ぶなら言ってくれとのことであった。
旦那らしい男性は、いかにもドイツの頑固親父といった風貌。その親父に連れられて部屋へ。
古い建物のせいだろう。部屋までは変なアプローチだった。
階段を登り、その踊り場からエレベーターに乗る。エレベーターは建物の外に後付けされたもので狭い。
ひとつ上の2階(?)まで行ってエレベーターを降りるとすぐに階段をフロア半分くらい下る。突き当たりの踊り場の右の扉が部屋。正面の扉がトイレとバスルーム。
この階には我々のひと部屋しかないとは言え、シャワーを浴びたあと、部屋に戻るには一瞬廊下にでることになる。
部屋は素敵だった。天井は高く、テーブルにはフルーツが盛られている。窓からは公園が見え、木の香りを含んだ涼しい風が入ってくる。
シャワーを浴びたら、さっき貰った地図を持って出かける。この地図はコピー用紙ながら、見どころの順路まで書かれていて役に立ちそうだ。
ムノートに登る
暑さはだいぶやわらいで、散歩にはちょうど良い。オーバー門を通って旧市街へ。美しい街並みが続く細い通りを行く。
夏の陽はすっかり傾いていて、通りまでは光が入ってこない。人通りは少なく、街は落ち着いた雰囲気。
じきに、フロンバーク広場にでるが、周囲の道路は派手に掘り返されての工事中。そのせいか、北へ伸びる目抜き通りのフォルシュタット通りも行き交う人々はまばら。
この時間だとシャッターが閉まった店が多く、建物の壁は色とりどりでも賑やかさはない。
この時間でも開いている時計屋さんを見つけたので店内へ。ベルンで買った腕時計を取り出し、身振り手振りを交えて鎖が長すぎることを伝えると、快く調整してくれた。
一発で腕にぴったり。ダンケシェーン!
一方、あこの時計はサイズの合う工具がなくて調整不可。残念だが、日本に帰るまで我慢するしかなかろう。
フォルダー通りをさらに西進。ライン川に向って緩やかな下り坂になった通りには、どの家にも「エンカー」と呼ばれる出窓が備えられている。建物に壁に描かれたフレスコ画が美しい。
ライン川で唯一の滝が、さっき列車のなかから見えた「ラインの滝」。行く手を遮られた船が一旦荷を下ろした街がここシャフハウゼンで、流通の拠点として栄えたのだそうだ。
そんなシュフハウゼンの街並みのなかで一際目を引くのは「騎士の家」。
赤を基調としたフレスコ画が正面と側面の壁一面に彩られていて、周囲の家々とは異なる存在感。
もう少し歩くと、道が広くなって聖ヨハネ教会にでる。白い壁に沿ってベンチがいくつかある。そこには、煙草を吸う老人、本を読む老人、孫とおしゃべりする老人。夏の夕方、のんびりとした時間が流れている。
ぐるりと大聖堂を一周。裏手の小さな広場は駐車場になっていて、びっしりと車が並んでいる。
その広場の方から、断続的に大きな空ぶかし音が聞こえると思ったら、80歳位のおじいさんが一生懸命車庫入れしている。このあたりはやけにお年寄りの姿が目立つ。これから集会かなにかあるのだろうか?
ムノートを目指す。ムノートはシャフハウゼンを見下ろす丘の上に建つ砦。旧市街からは、円筒に尖んがり屋根の塔が見え隠れしている。
ひなびた路地を抜け、車の通る道を横切ると、もうムノートのふもと。背中に夕日を感じながら、丘の上に向かって直線に伸びる階段を登る。階段を上がりきると、円形になった石壁と空堀にぶちあたる。
堀の底には、どうゆう訳か鹿が飼われている。堀の深さは4-5m位あって、鹿とは全く触れ合えない構造。鹿はこちらをチラチラと見ている。登別の熊牧場を思い出した。
空堀の切れ目とつながっている入口から、砦の内部に足を踏み入れる。
中は使われていない倉庫の様にガラーンとしていて、装飾や展示物などはない。我々を含めて数人の観光客しかおらず、彼らの足音や話し声が反響している。
アーチになった柱に小さな照明がぼんやり燈っている。壁に開けられた銃眼から入ってくる帯状の光が床にあたって、そこだけ明るい。
らせん状になったスロープを登りムノートの屋上へ。今度は目のくらむような明るさ。
影は長くなっているが上空はまだ青空で、日なたになったところは照り返しもあって暑いくらい。
円形の広場になった屋上はぐるりと低い壁に囲まれている。壁際の半周ほどはカフェになっていて、20人位のグループが日陰になった部分にギュッと固まってワイワイとやっている。
塔があるこちら側の壁は低くなっていて、昔の大砲が並べられている。身を乗り出して大砲の睨む方角を見る。
すぐ下の斜面には、ブドウ畑がひろがっている。西から東に向ってゆったりと流れていくライン川。この先に、あんな激しい滝があるとは全く想像できない。
西日を受けながら、列車がライン川に架かる鉄橋を通過していく。さっき通ってきた路線とは別物で、あの線路はライン川に沿ってボーデン湖の方へ続いているのだろう。
丘の下にひろがるシャフハウゼンの街。
南から東方向の家々は夕日を浴びて輝いて見える。通ってきた旧市街は逆光で、茶色い三角屋根は沈んだ鉄色になっている。
陽が沈む前にホテルに戻って晩飯にしろ・・・と街が言っているようだった。
時計をみると、もうすぐ午後8時。ほんのチョットだけ遠回りしてホテルに戻ることにする。
らせん状のスロープを戻って、帰りは登ってきたのとは違う南側の階段を下る。両側にはブドウ畑がひろがっている。
一直線に並んだ美しいブドウ棚の向こうに見えるシャフハウゼンの街は、日没に向って刻々と色合いを変えている。空気もヒンヤリとしたものになってきた。
一段一段踏みしめながらゆっくりと階段を下ると、その分だけ少しずつ家並みが近づいてくる。階段の突き当たりは、民家の裏庭のような路地。そこにある家の2階の窓から、こちらに向って女の子が手を振ったりピースサインを送ってきたりしている。
彼女は毎日のように観光客に手を振っているのだろうか?
もしかしたら、この建物はホテルか何かで、彼女は観光客なのかもしれない。
ウンターシュタット通りを旧市街の方へ進み、車が往来するバッハ通りにでたらそれを北へ。適当なところで左に折れて再び旧市街のなかへ。
じきに、目抜き通りのフォルシュタット通りに至る。
さっきの時計屋さんがあったあたりから北にほんの100mくらいのところに出た。
道の真ん中にカフェも出ていて、この辺の方がフロンパーク広場の周辺よりは多少人の姿が多い。ディナータイムで人が出てきているのかもしれない。
とは言っても、バカンス時期の観光地とは思えない静けさ。シャフハウゼンって、意外に観光地じゃないのだろうか?それとも、今日が週半ばの水曜日だからなのか?
パークヴィラの屋外テーブルはほぼ満席になっていた。一番隅っこのテーブルを選んで座る。
いかにもドイツの頑固親父っぽい例のおっさんがテーブル担当。
シャフハウゼンはスイスに違いないが、ライン川の北側に位置している。ほぼドイツみたいなものだろう。
そんな訳で、親父はほぼドイツ語しかしゃべらない。メニューもほぼドイツ語。我々には日本から持ってきた「指差しドイツ語本」があるにしても、これは厳しい環境である。
その「ドイツ語本」のなかで、我々が実際に運用できるドイツ語は挨拶とお礼、あとはせいぜい数字くらいのもので、あとはドイツ語の脇に書かれた英語を辛うじてなぞっているだけなのだから。
とりあえず、ビールと白ワインをオーダー。
店も混んでいるから頼んだものが出てくるのに時間がかかりそうだし、頑固親父も忙しそうにしてるので、何度もオーダーして不機嫌になられても困る・・・などと、必要以上に親父に気を遣うビビリの我々。
パンとスナックをつまみにビールをやりながらメニューをペラペラとめくる。川や湖も近いということでサーモン料理が名物らしい。サーモンはドイツ語で“Lachis”という事はわかった。
さ~て、Lachis、Lachisと・・・。
Lachisの文字が含まれたメニューは結構どれも値段がお高い。そのなかでも、中身は良く分からないが比較的リーズナブルな2品を選ぶ。
仮に量の少ない料理だったとしても、どうせお酒も飲むんだしパンもある。これまでの経験からも、お腹が満たされないってことはなかろう。
じゃ、親父を呼ぶとしよう。
あ~、コレとコレをビッテ、ビッテ。え、なに?
親父は我々のオーダーになにやら意見があるらしく、我々の顔をのぞき込むようにしながら一生懸命しゃべっているがドイツ語なので全く理解不能。残念だけど判らないよ親父さん。
判らないけど、とりあえず「OK!OK!」と言っておく。
「Do you understand?」
やっと親父さんが英語を話してくれたと思ったら「理解しているか?」かよ。
ガーン!!
仰るとおりで何を言っているのか全く理解していませんけど・・・その状況すら伝えられない我々。とにかくそれでOKだから・・・。
親父さんは、残念そうな諦めたような表情でメニューを持って奥へさがって行った。果たして何を言っていたのやら。
やがて、料理がやってきた。
それを見て、さっき親父さんが何を言おうとしていたか何となく分かったような気がした。出てきた料理は、サーモンのマリネ風サラダと、サラミにチーズにサーモンが載ったオードブル。
きっと、親父さんは気を遣って「どっちもサーモン料理だぞ」「前菜だけでいいのか?」「メインディッシュは?」みたいなことを言っていたのだろう。もっとも、こっちは元からサーモン狙いだし、量的にはいつもサラダともう1-2品で足りてるからね。
あたりはすっかり暗くなって、揺れるキャンドルがいい雰囲気。サーモンも美味い。ワインを頼む。
周囲は公園なのでとても静か。
時刻は午後9時。この時間から、ここへワインやコーヒーだけ飲みに来る客もいる。
隣のテーブルの老夫婦はなじみ客なのか、親父さんも一緒に座って談笑している。