漓江下り
朝。ホテルの前には大きな池のある公園が広がっている。池のほとりの広場では、太極拳をしている人達の姿が見える。昨日の広州市内の雑踏とはうって変わって、イメージ通りの穏やかな中国の朝の風景だ。
朝食を摂ったら、迎えに来た李さんと共に昨日と同じ古いクラウンに乗り込む。いよいよ今回のメインイベント、漓江の川下りである。
桂林市内から川下りの遊覧船が出る竹抗(竹江)へは30kmほど。車での移動となる。郊外に出ると道はダートになった。道の両側に並ぶ小さくて簡易な住宅の軒先では、人々が未舗装の道路からの砂ぼこりが舞うなか低い椅子に座って朝食を摂っている。
片側2車線ほどの道路幅だがセンターラインは無く、当然ながら歩道と車道の区別も無く、人、自転車、リヤカー、馬車、バイク、自動車など様々な移動物体が無秩序という秩序の中で共存している。
前が遅いと、容赦なく反対車線にはみ出して追い越して行く。
対向車は「パッパーッ」とクラクションを鳴らしながら少し右に寄る。幅寄せされたバイクが「ビビー」と少し右へ。それを避けた自転車が「チリンチリン」と人の間をすり抜ける…といった慣れないものには危険と思える光景が延々と繰り返されている。
我々の乗った古いクラウンは60~70km位で走っている。決して飛ばしている感じはしないが、それでも他車よりはスピードが出ており、常に対向車にクラクションを鳴らされながら走る訳で、どうにも神経が疲れる。そのうち前を走るパトカーに追いついた。快進撃もここまでか・・・と思ったが、運転手は構わず迷わずパトカーを追い越していく。
「パトカー追い越したぞ?大丈夫なの?」
「平気、ヘーキ。大丈夫ネ」
やがて竹坑に到着。桟橋は観光船専用で、遊覧船が多数係留されている。運転手とはここでお別れ。車は観光船の終着点「陽朔」へ先回りして我々を待っていてくれるらしい。ガイドの李さんは、我々と一緒に船へ。
乗船が完了するとすぐに出航。我々の乗った観光船は全長が約30m。1階がテーブル付きの座席で、座席数は30~40位。2階はオープンデッキになっている。
ここで、中国に来て初めて多くの日本人に出会うことになる。ほとんどは中高年の女性で、2~3組のツアーグループがこの1隻に相乗りしているようだ。
乗客はみんな2階のオープンデッキに集まってきて結構な混雑。
ツアーのおばさま方にに聞いてみると、北京・上海・重慶などと「漓江下り」が一緒になった7泊8日位のプランが多い様だ。
・・・と言うより、やはり2泊3日の強行日程は我々だけだった。
出港から20分もすると、皆さんは次第に立ってるのが疲れて来たようで、1階の椅子席に移動する人が多くなり、2階は徐々に空いて来た。しかし、我々は天井と窓に囲まれた1階にいるなんてもったいないと思い、そのまま2階に留まる。
李さんも、ボーっと周囲を見ている男2人を相手にしているよりも、おばちゃん達とおしゃべりしている方が楽しいのだろう。2階で我々の側にいる時間よりも、1階に降りている時間の方が長い。
トイレはどこかな?
1階の船室と最後尾のキッチンの間に発見。男女の区別は無く定員は1名。小さな窓からは涼しい川風が入って来て心地よい。むしろ、風通しが良すぎるくらいだ。
なぜなら便器のすぐ下は漓江の流れに直結していて、すぐそこに水面が見えている。究極の水洗トイレやなぁ。小さな窓から風が入ってくると言うよりも、便器の穴から風が吹き上がってくると言う方が正しい。風と一緒に船腹を叩く波しぶきが飛んでくる。
用を足してはみたものの、このスボンにシミを作っているのは、そして顔に感じる飛沫は果たして川の水なのか?それとも?
川岸に「楊提」の村が見えてくる。集落の背後に見える奇岩が「羊蹄」。
村の名前と岩の名前は、それぞれ漢字は違うものの、読みはどちらも「ようてい」。岩山はその名の通り羊の蹄を上から見た形をしている。北海道にある羊蹄山は全く形が違うな。羊蹄山は蹄を横から見た形なのかな?
2階のオープンデッキの先頭には高さ2m位のマストがあり、その根元は操舵室の屋根から突き出ている。マストには夜間の識別用と思われる灯火がついている。
それとは別に、何かワイヤーの様な物が下がっている。何だこれ?
何気なく、ワイヤーを引っ張ってみる。
ブォ―――――――――――――――!!!
我々の頭上で大きな汽笛が鳴った。下の操舵室の窓からクルーが頭を出し、こっちに向かって何か叫んでいる。ゴメン!ゴメン!ゴメン!
昼食の時間になったので我々も1階へと降りる。狭い船ながらもサンドイッチや中華弁当などと言ったショボイ食事ではなく本格中華料理だ。10数皿も出てくる訳ではないが、十分に満足出来るレベル。
オープンデッキの最後尾から階下をのぞくと、そこがキッチン。両手で輪を作ったほどの大きな中華鍋が2つ並び、豪快に炎を巻き上げながらの調理はなかなか本格的。周囲のオバちゃん達の笑い声が少々気になるが、漓江の川面を見ながらの食事は優雅な気分。
進行方向に山がいくつも重なり連なる景色が見えてくる。漓江下りも「浪石風光」と呼ばれるこの辺りがクライマックス。オープンデッキにも再び人が増えてきた。
しかし、昼食時以外はずっとココにいた我々は、1番前の特等席で、静かな川面に山々が写った景色を眺める。
まさに、水墨画の世界。しかし、今日はちょっと天気が良すぎらしい。本当は、漓江下りでは、小雨が降っているくらいほ方が更に幻想的な景色が見れるのだそうだ。
船は川の中州で小休止。
ここには鳥小屋を乗せた小舟が停泊している。漓江では鵜飼を生業としている人々も多いとのこと。でも、この時は観光用のデモンストレ-ションは無し。たたずむ「鵜」を見るだけに留まる。そもそも、実際の漁は夜に行なわれるものらしい。
小屋の外にも鵜が佇んでいるが、特に紐などで繋がれているわけではない。逃げないのかな?
陽朔
川の両側の山あいに広がった町が見えてくると、そこが陽朔。観光船はここが終着点。船を降り、李氏に連れられて桟橋から町中へと入っていく。
「車は、もうとっくに着いている筈ヨ。彼、飛ぱすカラネ。ハッハッハッ!」
左側に商店が並ぶ道を、右手に川面を見下ろしながら歩く。商店の軒先には小さいもので5cm程から、大きいものだと20cmくらいの赤い石で出来た彫刻物が並び、それを盛んに勧めてくる。
「オニさん!これシェンエン、千円!」
「コレ、ふたつでシェンエン!」
何でもかんでも千円。日本円で払えってことなのか?
「日本円ミンナ喜ぷ!デモここテ買っては駄目ヨ。これ全部ニセモノ、ぷらすちくネ」
「全部?でも、コレなんか結構重たいし、プラスチックに思えないんだけど・・・」
「そう、全部!全部ニセモノ」
どーも李さんの言うことは信用ならない。
迎えのクラウンは商店街の道路脇の少し広くなった所に停まっていた。運転手はシートを倒して爆睡している。
随分と長時間停めていたのだろう。クラウンは、さらに外側に二重駐車の車が停まっていて、出るには相当に苦労しそうな状況。
「是谁!止住是在这里怎样的!打!」(イメージ)
起きてきた運転手は、周囲を見まわしながら大声で何ごとか文句を言っている。クラクションを数回鳴らすが、車の持ち主は現れない。やがて運転手はクラウンに乗り込み、切り返しを始めた。前の車と横の二重駐車の車との狭い隙間からクラウンを出そうと切り返しを始めた。
物理的にはギリギリ通りそうだが、その体制まで持っていくのは無理っぽい。しかし、「上手」と言うよりは「ぶつけても構わない」という割り切りが成せる大胆な切り返しを行なうこと10回ほど。クラウンは無事に脱出した。へー出れるもんだねぇ。
乗り込む我々。入れ替わりに車を降りる運転手。そして彼は、邪魔をしていた車の脇に立ち、その場にしゃがみ込んだ。
シュー・・・
おいおい、タイヤの空気抜いてるぞ!
やがて、作業を終えた運転手は、ひと仕事終えたぜ的な満足顔で戻ってきて、すぐに車を発進させた。後ろを振り向くと、パンクして傾いた車が人込みの中にだんだんと小さくなって行く。李さんと運転手は嬉しそうに笑い声を交えて今の顛末の話をしているようだ。車は桂林市内へと向かって走る。