静寂の首都
いつもは賑やかなチューリヒ中央駅も、正月2日の早朝とあってはまだ眠っているように静か。
今日の目的地はジュネーブ。午前7時ちょうど発のIC(インターシティ)に乗り換えて、まずはベルンに向かうことにする。乗車時間はたった1時間。しばらく走るうちに白々と夜が明けてきた。
午前7時58分ベルン着。
コインロッカーにスーツケースを入れたら、まだ夜が明けてから間もないベルンの街に出る。
いつもは買い物客で賑やかな牢獄塔へと続くシュピタル通り。そこに人影はない。路面電車の音も聞こえない。街灯と控え目なイルミネーションはこの時間でもまだ点いている。両側に伸びるラウベン(アーケード)のショーウインドーにも明かりが入っているがそこを歩く人はいない。
人口僅か13万人とはいえ仮にもスイス連邦の首都。しかし、今は静寂に包まれている。まるで無人の町に迷い込んでしまったような不思議な感覚。
目の前に牢獄塔が近付いて来るとベーレン広場。
夏にはカフェのテーブルや露店が立ち並んで華やかな広場も、今は人影が無くシーンと静まり返っている。
牢獄塔にはめ込まれた大きな時計が時を刻む音がしてきそうな感じだがそれも無く、我々の足音でさえ、夜露に濡れた広場の石だたみに吸い込まれてしまって響かない。
いま目の前にあるのはベルンではなく、ベルンの街を完璧に再現したセットの中を歩いているみたいに感じる。
牢獄塔を過ぎてマルクト通り。道の真ん中、普段なら路面電車が行き交うところを歩く。通りを彩る噴水も、飛沫が蛇口の周囲にツララを作っている。
駅の方へと歩く4~5人の若者とすれ違う。朝まで飲んでいたのかダラダラした足取りで、話し声が大きい。しかし、すぐにそれも牢獄塔の向こうに消えてしまい、マルクト通りには再び我々だけの物になった。
目の前に時計塔が迫って来た。星形の大きなクリスマス飾りが付けられた時計塔。路面電車が十時に交差するこの場所も、動いているものと言えば我々だけ。大きな文字盤の時計も動いてはいるはずだが、耳をそばだてても音は聞こえない。
普段なら観光客がいっぱいで、なかなかじっくりと見上げた事のない時計塔だったが、今日は心おきなく観察できる。
太陽系のイラストのように円がいくつも重なった様な文字盤の装飾。何時を指しているのか、ホントに動いているのかすら分からない。
時計塔を抜けるとクラム通り。ここは歩行者天国ではないのだが、通りに入ってくる車はいない。凍えた噴水がジョボジョボと小さな音をたてている。不意に通りのイルミネーションの明かりが消えた。ようやく朝って事か・・・。
緩やかな下り坂になったクラム通りの向こうからゴーッと低い音を響かせて赤い路線バスがやって来た。「Bern Hbf」の電光掲示板を付けている。黒くスモークがかかった車内に果たして乗客がいるのかどうか伺い知ることは出来ない。
だんだんと坂が急になってきた。
通りからだとラウベンの床の位置は胸の高さほどになり、やがて頭の高さを越え、それまで階段で結ばれた地下室だった部分が徐々に地上に現れはじめ、今や立派に一階部分へと昇格している。もはや、ところどころに切られた階段を登らないとラウベンにはあがれない。
そう言えば、これでベルンは3回目になるが、この辺りまで来たのは初めてだな。
赤い路線バスが我々を追い越して坂を下って行き、やがて見えなくなった。この辺りまで来ると、通りの名前はゲレヒティクカイト通りに変わっている。
坂を降りきったところにニューデック教会と小さな広場がある。このまま真っ直ぐ進めばニューデック橋を渡って旧市街の外。右手はカーブしながら坂を登り大聖堂の方へとつながる道。
逆に左手に進めば、こちらもカーブしながらさらに低みへと降りて行ける。縦に長い建物の屋根が坂の傾斜に沿って階段のようになっている。やがて、アーレ川に架かる小さな橋のたもとに出た。
ウンタートゥーア橋はアーレ川の川面に近い。アーレ川の対岸は三角屋根の家が等間隔にならんだ開けた斜面になっていて眺めが良い・・・てか、あっち側から眺める旧市街の眺めは、きっと素敵に違いない。
もと来た坂を登り、ゲレヒティクカイト通りを横切るところで、また赤い路線バスが駅の方へと坂を登って行くのを見送る。さっきと同じ運転手だな。運転手がこちらに顔を向けて微笑んだ気がした。
ゲレヒティクカイト通りを横切ってユンケル通りへ。
道は緩やかに登りながら右にカーブして西に進む。裏通りといった風情で、右手はゲレヒティクカイト通りに面したレストランや様々なショップの裏口になっているようで華やかさはない。通りの左側も石作りの集合住宅のような建物が続いている。我々の足音だけが通りに響いている。
大聖堂の下に出た。
夏なら屋外のカフェになっている大聖堂の見晴らし台の広場。しかし、今はカフェの椅子もテーブルも積み重ねられて広場の隅っこでカバーをかけられており出番はない。
誰もいない広場を歩く。なんとなく犬のおしっこの匂いがする。大聖堂の通用口のような小さな扉を開けて、掃除用具を持った使用人風の中年男性が姿を現した。こちらには一瞥もくれず、大聖堂の向こう側に姿を消した。
さらに西に進んでカジノ広場に近づくと、ちらほらと人の姿を見るようになる。それに、トラムの走るゴトゴトという音。
アムトハウス通りを進むと連邦議会議事堂の前にでる。右手にはベーレン広場。広場にマーケットやカフェは無く、広場の向こう側まで見通せる感じ。時折、駅の方角へと向かう人影が広場を横切っていく。
シュピタル通りを経てベルン中央駅へ。ボチボチ人々も活動を開始したようでトラムの停留所に人の列が出来始めているが、店はまだほとんどが開店前。車の量も少ない。
相変わらず雲は厚く、まだ夜明けを待っているかの様な静かな首都ベルンの駅前風景を眺めつつ、駅構内へ。
時刻はまだ午前10時。駅構内のマクドナルドでゆっくり朝食。たまには、ケチャップとマスタードの味も悪くない。KIOSKでみやげ物を眺めたついでに飲料とお菓子等を購入。そして、コインロッカーからスーツケースをピックアップしたらホームへ向かい、午前11時04分発のICに乗る。
今日の宿泊地ジュネーブへと向かうにはまだ早すぎるので、次の目的地を途中にあるフリブール(フライブルク)とした。
「ローザンヌでジュネーブ行きに乗り換えだよ」
検札に来た車掌は、我々のジュネーブまでの切符を見てそう言った。ジュネーブ方面に向かうICのほとんどはジュネーブ空港まで行くのだが、我々が乗ったのはローザンヌ止まり。
どうせフリブールで途中下車するので行先はどっちでも良いのだが、余計なことを言うと、我々にとっては新たに難しい英語のやりとりが発生してしまうので、「OK!ありがとう」と答えておく。車内は空いており、1両に5~6組の乗客しかいない。
僅か20分程度でフリブールに到着。スーツケースを引きずってホームに降りようとすると、我々の斜め向かいのボックス席に1人でいた青年がドアのところまで我々を追いかけてきて言った。
「ヘイ、君たち!乗り換えはローザンヌだよ!」
どうやら彼は、我々が初級英語もままならないダメ日本人だと見抜いていたらしい。
車掌と我々とのやりとりが耳に入っていた彼は、我々が乗り換える駅を間違ったと思い、わざわざ告げに来てくれた訳だ。
海外旅行に来るたびに、こちらの人達の親切には感謝することばかり。日本で乗り換え駅を間違いそうな外国人を見かけた時に、自分はとっさに同じ事が出来るかな?と考えさせられる。
彼にフリブール観光する旨を伝え、丁寧にお礼を言って別れる。ホームからは、薄くスモークがかかった列車の窓の中の様子は窺い知れないが、動き出した列車がホームの先に去っていくまで手を振ってから駅構内へ入る。有人の手荷物預かり所にスーツケースを預けて街へでる。
坂と猫の街
駅前は首都ベルンよりも賑やかだった。車が行き交い、路線バスから人が流れ出てくる。
駅前には比較的新しい建物が多く、町はコンクリート色。その一階はどれも店になっていて、正月早々いくつかは開いているようだ。
駅前を見回した感じでは、ガイドブックに書いてあるような大きな旧市街がこの町にあるようには感じられない。
駅を右側に出て通りを渡ったところにインフォメーションがあるのでそこに向かうが、あいにく閉まっていた。やはり元旦だからだろうか?
しかたがないので、小さなガイドブックの地図を見ながら通りを渡ろうとした・・・その時!
左折してきたバスの「ブッブー」という大きなクラクションに慌てて飛び退く。
こちらの信号は歩車分離方式が多い。つまり、青信号で歩行者と右左折車が交差するシーンはないのだが、ガイドブックを見ながらボンヤリと歩いていたので、車両用の信号が青になったのを視野の端でとらえつつ歩き出してしまったのだ。
ふ~・・・危うく「スイスに死す」となるところだったなあ。バスの運転手も乗客もこちらを見ている。
さて、気を取り直してガイドブックの小さな地図を頼りに駅前通りを左手に進む。
広い通りを右折すると大きな公園のような空き地が現れたりして、この先に旧市街が現れそうな雰囲気はまだない。そのままサン・ピエール通りを行くと、道は右手に折れながらデザルプ通りと名前を変える。その途端、旧市街が目に飛び込んでくる。
町は立体的に広がっている。デザルプ通りの右側は崖っぷち。急激に落ち込んだその下には赤茶色をした屋根瓦の家々。崖っぷちに沿って左に伸びたデザルプ通りの先にも教会の尖塔が幾つか見える。あそこも旧市街らしい。
上の町と下の町とを結ぶのは小さなケーブルカー。すぐそこに乗り場があるが乗降客の姿はない。谷底をサリーヌ川が蛇行していて、流れに削られて露わになった岩肌に白く見えているのはツララかも知れない。
対岸にも密集した旧市街があって、屋根付きの橋、アーチの石橋が見える。
この町はドイツ語圏とフランス語圏との境界線があるそうで、こちら側がフランス語のフリブール。あちら側がドイツ語のフライブルクという訳だ。対岸の町も背後に山を背負っていて、斜面の上へ上へと城壁が延びている。稜線近くには幾つもの搭。その中腹辺りから新しい大きな橋が架かり、上の町と繋がっている。
ガイドブックの小さな二次元地図では全く想像できなかった旧市街の全容。いや、なかなか大したものだ。
フリブールの街って、もう少しガイドブックで大きく扱われてもいいんじゃなかろうか?
さて、右手に下の町を見下ろしながら、崖っぷちをなだらかに下りながら伸びるデザルプ通りを歩く。正面にある上の町の尖塔達が徐々に近付いてくる。
手前に見えていた時計のついた円柱の搭は市庁舎。下の町から見たら高々と見上げるような感じなのだろうが、この通りからだと、時計の文字盤もすぐ目の前にある。
その文字盤と建物の間から向こうに対岸の山の稜線が見えている。左から赤い搭、右手はヂューレンビュールの搭。赤い塔から一段下がったところにあるのがネコの搭。
さほど広くない市庁舎前の広場は石畳。こんもりとマウンド状になっていて、先に伸びる路地は石畳が作る地平線の向こう。古い町並みが続いている。
その上には聖ニコラ大聖堂の搭。密集した旧市街からだと、場所によって塔は見えたり隠れたりしている。
チラホラと人の姿はあるが賑やかさはない。坂を登ってくるトラックの低い排気音や、小型車の苦しそうなエンジンのうなりが、時折、町を通り抜けて行く。
聖ニコラ大聖堂の見えた方向へ路地を行く。
道幅は狭く歩行者天国。カフェやレストランが数軒あるものの、冬場は表にテーブルも出ておらず開店休業状態に見える。すぐに聖ニコラ大聖堂。車の行き交う道を横断し、開いていた扉から中へ入る。
薄暗い大聖堂の胎内。かすかに息が白い。どんよりと灰色をした冬空の光を受けたステンドグラスが鈍く、しかし神々しく浮かんでいる。
その下で弱々しく揺れるキャンドルの明かり。人々の足音と囁きが幾重にもなって、かすかに空気を振るわせている。
日本の寺社仏閣だったら初詣客で行列が出来ていてもおかしくない規模の大聖堂だが、こっちは初詣の習慣はないらしく、至って平穏な元旦の聖ニコラ大聖堂。
サリーヌ川を大きくまたぐツェーリンゲン橋を渡る。
これだと川の名前がフランス語で、橋の名前はドイツ語って訳だが、ここはガイドブックに従って表記することにしよう。
さて、足下には寒々とした川の流れ。橋の真下あたりの河川敷は広く、グランドらしいものや駐車場などが見える。
少し上流には下の町。目を凝らしても人の姿はない。一台の小型車が猫の搭をくぐって下の町に吸い込まれて行く。旧市街の道は狭く、しばらく姿は見えなくなったが、やがて少し先にあるベルン橋の上に現れた。
ツェーリンゲン橋の対岸に出た。
少し離れたことで、断崖の際に立つ上の町の様子がよくわかる。一方、下の町は斜面を降りた先に近づいてきた。自動車の行き交うブルキヨン通りを逸れて、人ひとりが通れるだけの細い道を、下の町に向かって下って行く。
すぐに石とレンガの古い城壁に突き当たる。
城壁は斜面の上から下へと伸び、川岸にある下の町と外界とをキッチリと隔てている。河原を走る道がこの城壁をくぐる門がネコの搭になる。
黒と白のストライプに塗られた分厚い木の扉。それをくぐると下の町の旧市街。車一台が通れるだけの狭い道。
下の町は一本の細い道の両側に建物が並ぶだけのこぢんまりとしたもので、枝葉の道もあまり無いようだ。
中世の町そのままの面影を残す通りには車も人もおらず、空気はピーンと張りつめるように冷たいが風はなく、ツェーリンゲン橋を通る大型車の唸りがたまに聞こえる程度で、それ以外の物音はない。まるで時が止まったかのようだ。
家々の窓辺のクリスマス飾りのサンタクロースだけがこちらを見ている。
可愛らしい中世の街を抜けると、小さな噴水がある小さな広場に出た。
視界が広がり、旧市街の屋根の上に赤い塔が顔を出している。広場に面してレストランが一軒あり、窓際に客の姿。窓ガラスが曇っていて、レストランの中はとても暖かそう。
一方、広場の方は寒々としており、噴水から出た水が凍って氷の小山を築いている。
広場の南側に架かるのがベルン橋。時代を経て黒く古びた木造ながら、ちゃんと車も通れるようだ。
小さな下の町にアクセントを添える屋根付き橋を渡る。サリーヌ川の川面が近い。
橋からすぐ上流で大きくカーブしている川岸にむき出しになった岩肌が白くなっているのは、上の街から見たときに想像したとおりで凍った滝のように岩肌を覆う氷やツララだった。
ベルン橋を渡って対岸に出ると、こちらも小さな広場。ここで道が幾方向かに別れている。
路上駐車の車の下をトコトコと白い猫が歩いて行くのが見えたので、その後に付いて行く。
猫はこちらを警戒する様子もなく、誰もいない中世の路地を気ままに進んでいる。我々が追い付くと、近付くでも離れるでもなく、車のタイヤに猫パンチをしたり、路上の植木鉢に体を擦りつけたりしている。
頭を撫でてやる。
嫌がるでもなく、撫でられるまま。
かといって、懐いてくるというほどではなく軽く足にまとわり付いてくる感じ。すぐに、トコトコと歩き出すが別に逃げている訳ではない風。
再び追いついて、今度は抱っこしてやる。無抵抗のままの白い猫。
うむ、うい奴じゃ。
しばらく猫のあとをついて歩くと、やがて細く開いた扉のすき間から家の中へ入って行ってしまった。ここがヤツの家か。バイバイ。
この先、道は上り坂になっている。白い猫と一緒に歩くうちに現在地がよく分からなくなってしまった。ガイドブックの地図は小さくて、いまいち当てにならない感じ。
とりあえず、そのまま進んで行くが、予想外にグングン坂はきつくなっていく。息が切れるくらい。ずいぶん登ってからハタと気が付いた。
これって、このまま登ったら上の町に出てしまうんでないかい?
回れ右をして坂を下って行く。下の町に入ると、今度は通りのとある窓辺に座る黒猫を発見。
あれ?
さっき白い猫を追いかけていた時には気が付かなかったなあ。下ばっか見て歩いていたからだろうか?
黒い猫は、まんじりともせずにジーッとこちらを見ている。脇を通り過ぎる時も、ゆっくりと首を回して常に目線はこちら向き。見慣れぬ東洋人に警戒しているのか思いきや、カメラを構えながらあこが近付いて行っても平気。
私が反対側に回って挟み撃ちにしても動揺は無し。カメラを持つあこの方をジーッと見つめたまま。カメラが好きなのかもしれない。
こちら側もカメラを構えると、クルリと振り向いたりする。
猫の塔から始まった下の町は、可愛らしい猫たちが出迎えてくれる猫の町でもあった。
水力ケーブルカー
歩きながら振り返ると、黒い猫はまだこっちを見ている。
中世の街並みの下の町を進むと、ミリュウ橋にでる。ここで湾曲した流れのサリーヌ川を再び渡る。
先ほどのベルン橋は屋根付きの木造橋だったが、こちらミリュウ橋は2連アーチを持つ石造りの橋。石畳も石の欄干もすり減っており、かなりの年代もののようだ。
ミリュウ橋からは断崖に建つ上の町の全体像を見上げることが出来る。縦横に積み重なるその姿はなかなか壮観。
午前中に訪れた首都ベルンは世界遺産だが、ここフリブールだって「世界遺産だ」っと言われたら疑問に思わずに信じてしまいそうだ。湾曲した川の流れに沿って立体的に広がっているところもよく似ている。でも、華やかさはベルンの方が勝るかな?
それと、フリブールにはトラムが無いし、歩行者天国も少ないな。でも、旧市街の広さだったら恐らくベルンとフリブールでそんなに違わないだろう。
ミリュウ橋を越えると町の雰囲気はこれまでと少し変わる。
建物はどれも中世の趣を残しながらも密集した旧市街ではなく、どことなく広々とした感じになる。道も広くなったし、庭を持つ大きな建物が増えてくる。通りに沿って芝生や木々の植えられた公園のようなスペースもある。そして、大きな屋根の修道院もある。年老いた尼僧がゆっくりと歩いている。
尼僧を追い越して、やがてサン・ジャン橋にでる。こちらもアーチの石橋。ここまで来ると上の町が正面方向になる。距離も近い。縦長の建物が櫛の歯のように並んで空に向かって伸びる姿は迫力満点。
サン・ジャン橋を渡ると、旧市街は再び密集してくる。
正面から右手にかけては断崖に向かっての裾野。緩やかな上り坂はゆったりとカーブしながら断崖に迫っていく。それに沿って連なる茶色い屋根が良い雰囲気。
坂は町に変化を与えてくれる。上の町は、もう頭上に覆いかぶさる様。のけぞる様にして見上げないと、その上の方は確認できない。
やがて階段にでる。これを登っていけば大きな時計の文字盤があった市庁舎の脇あたりにでる様だ。その建物の土台の部分がすぐそこにある。
下の町の屋根の高さくらいのところまで上がってきている。少し陽が出てきたせいか、子供たちの遊ぶ声がどこからか聞こえてくる。家々の前や街角には青いゴミ袋が出ているが、時刻はもう午後2時。今日、これからゴミ収集があるようにも思えないが・・・。
階段は登らずに右手に断崖を見上げながらその裾野を進んで行くと、最初に見たケーブルカーの山麓駅にでる。ちょうどケーブルカーが下りてきたところで、駅から乗客が1人出てきた。
100年以上の歴史があるというこのケーブルカー。
このケーブルカーの動力は水。山頂駅でケーブルカーのタンクに水を入れ、山麓駅では水を捨てる。ケーブルカーは水の重さで、斜面を登ったり降りたりするという仕組みなのだ。
ケーブルカーの軌道に沿って階段もある。直登とつづら折りが組み合わさっていて、これに茶色い屋根がついている。これもかなりの年代物のようだ。ケーブルカーが出来る前からこの階段はあったのかも知れない。
上の町までは階段を行くことにする。
ゆっくりゆっくり登っても結構キツイ。途中の踊り場のようなところには休憩用のベンチがあったりする。そこに座り込むほど疲労はしていないが、踊り場に立ち止まって一休み。
車輪がレールの継ぎ目を踏むカタンカタンという音と、ケーブルが滑車を回すガラガラという音がしてきた。モーターを使っていないので、ウィーンという音はない。
踊り場から身を乗り出すと、上下から緑色の車体のケーブルカーがやって来る。下から来たケーブルカーには運転手と3人の乗客。上から降りてくるケーブルカーには運転手だけ。その運転手がこっちに向かって手を降ってくれたので、こちらも手を振り返す。
さあ、再び上を目指そう。途中で2人ほど階段を下りてくる人とすれ違う。やはり、下りは階段で上りはケーブルカーの人が多いのかも知れない。ケーブルカーがまだ動きだした。結構頻繁に行き来しているようだ。
ようやく山頂駅に到着。下の町を見下ろす。やれやれ、お疲れ様。
ついでに、小さな交番程度の大きさの山頂駅の中の様子を扉の隙間から覗き込んでみる・・・と、さっき手を振ってくれた運転手が扉を開けて招き入れてくれた。運転手はバリバリのドイツ語で話しかけてくる。
う~む、何を言っているのかさっぱり判らん。
すると運転手は我々を液晶ディスプレイの前に連れて行った。そこにはケーブルカーの説明がある。タッチパネルで言語を選択出来るのだが日本語はなく、やむなく英語を選択。それだって、ほとんど解読できないのだが、どのページも幸い写真やイラストが多いので内容は理解できる。
ときどき運転手がドイツ語とともに画面を指差して来たりする。彼、英語はしゃべれないらしい。
それに対して、辛うじて読み取れることが可能な文節や単語だけ声に出したり、たまに肯いたりしながら、苦し紛れの「なるほど」的なリアクションを絞り出す我々。
午後3時26分発のジュネーブ空港行きのICに乗ってフリブールをあとにする。滞在時間は4時間足らずだったが、フリブールは見応え充分。暖かい時期に、また訪れたいと思える街だった。
2階建て車両のICは、牧場と田園風景の続くなだらかな丘陵地帯の中を滑るように走って行く。木々の枝は裸に近いものの、全体としては日本の冬と比べものにならないほど緑が多い。
流れる景色を見ながら、日本から持ってきた日本酒の小瓶を開け、柿の種をツマミに一杯やる。1日遅いオトソ気分。やがて、レマン湖が見えて来た。冬の短い陽がレマン湖の向こうに姿を隠そうとしている。
午後5時少し前、ジュネーブ・コルナバン駅着。タクシーでジュネーブの宿ホテル・レジデンス・セント・ヨセフに向かう。
セント・ヨセフはレマン湖畔のイギリス公園から1本南側の通りにある。作りはいわゆるホテルではなく、ビルの1階にあるレセプションは不動産屋の受付風。そこには中国系の女性がひとりいるだけ。レストランは無い。
その代わりに、部屋にはキッチンや大きな冷蔵庫がある。マンション型別荘と言った感じ。3泊で405スイスフランなり。
シャワーを浴びて一息ついたら、夕食の場所を探して街へ出る。
最初、レマン湖周辺やローヌ川岸周辺で探すが、どれも高級っぽい上に、かなり混んでいて、これぞっという店が見つからない。
いつの間にか、足は旧市街の方へと向かっていた。坂道になった旧市街の入口からすぐのところにチキン料理店を発見。ここにしよう。
ウナギの寝床の様に奥に長い店内は結構な混雑。ヒーターが近い一番奥の席は、寒空の下を歩き回ってすっかり冷え切った体にありがたい。そこにやってきたウェイトレスは金髪美女で、やけに開いた胸元。こちらもありがたい、ありがたい(合掌)。